本当に苦しい時、
人は大きな希望よりも、ほんの小さな光に救われる。
派手な言葉じゃない。
正論でもない。
解決策でもない。
たとえば、誰かが黙って隣に座ってくれたこと。
「大丈夫?」ではなく「ここにいるよ」と、空気で伝えてくれたこと。
冷めたお茶を、熱いものに替えてくれたこと。
名前を呼ばれたこと。
そういう小さなものが、胸の奥の固い場所を、少しだけほどく。
私は時々思う。
人の能力は、
才能や頭の良さの話だけではなくて、
“誰かを人として扱える力”の中にも眠っているのだと。
ある夜、私は一つのことを思い出した。
昔、どうしようもなく弱っていた時期があった。
「頑張れ」と言われると、余計に沈む。
「前向きに」と言われると、置いていかれる。
何かを決める力が残っていないのに、決めろと言われる。
その時、私は一番欲しかった。
答えではなく、
私を急かさない温度を。
でも、欲しかったものは、いつも間に合わない。
欲しい時に届かないものほど、後から胸の奥で重くなる。
その重さを抱えたまま、私は長いこと生きてきた。
だから、ある日ふと、気づいた。
「間に合わなかった」ことを嘆くより、
これから先、誰かに対して
“間に合う人”になれないだろうかと。
能力というと、鍛える、増やす、勝つ、抜きん出る、
そういう方向へ連れていかれがちだ。
でも私は、能力にはもう一つの顔があると思う。
それは、取り戻す能力だ。
人は生まれつき、知っている。
痛いときは痛い。
怖いときは怖い。
嬉しいときは嬉しい。
なのに、生きていくうちに、
痛みをごまかす術ばかり覚えて、
自分の感覚が鈍っていく。
鈍ることで、なんとか生き延びる。
そして、うまく生き延びた人ほど、
他人の痛みに鈍くなることがある。
だから、能力を開花させるというのは、
新しい羽を生やすことではなく、
鈍らせてきた感覚を、少しずつ戻すことなのかもしれない。
戻すのは、強さではない。
むしろ、弱さのほうだ。
自分の弱さを、弱さとして扱える力。
思いやりは、立派なことのように語られる。
でも本当は、すごく地味だ。
相手の表情が、いつもと違う。
声の速度が、ほんの少し乱れている。
いつもなら言う一言を、今日は言わない。
いつもなら食べるものを、今日は残す。
そういう微差に気づけるかどうか。
それだけで、人は救われることがある。
「何があったの?」と聞かなくてもいい。
事情を暴かなくてもいい。
ただ、コップの水を置いて、席を外さない。
無理に笑わせない。
勝手に解釈しない。
人は、説明できない苦しみを抱えている。
説明できないからこそ、苦しい。
そのとき、こちらができる最高のことは、
“理解するふり”ではなく、
尊重して待つことだったりする。
ここで、前回の気づき31ともつながる。
人は分けたがる。
正しい/間違い。
敵/味方。
勝ち/負け。
価値がある/ない。
でも、分けることで安心したいだけの線がある。
その線は、気づかないうちに、誰かの居場所を削る。
私は思う。
本当に人の能力が開花する瞬間は、
「相手を分類したい衝動」を、いったん止められた時かもしれない。
この人は敵か味方か、ではなく、
この人はいま、何を守ろうとしているのか。
この人はいま、何を怖れているのか。
この人はいま、何を失いかけているのか。
そうやって見ると、
世界は少しだけ、柔らかくなる。
柔らかくなった場所に、
思いやりは湧く。
もし今のあなたが、少し疲れているなら、
ここだけ覚えておいてほしい。
あなたの中の灯は、最初から消えていない。
ただ、風が強かっただけだ。
もし元気がある日に読み返すなら、
別の問いを置いておく。
・私は、誰かを“正しさ”で切っていないだろうか
・私は、誰かを助けるとき「結果」を急いでいないだろうか
・私は、私自身に対して、いちばん冷たくなっていないだろうか
この三つは、読み返すたびに答えが変わる。
人は変わるからだ。
変わるということは、進化しているということだ。
読むだけで世界が変わる、なんてことは言えない。
でも、読むことで、
「私も誰かの灯になれるかもしれない」と思えた瞬間、
世界は少しだけ変わる。
そして、その“少し”は、案外大きい。
人は、英雄のような善意だけで救われない。
むしろ、誰にも見えない場所で交わされた
小さな思いやりのほうが、長く残る。
今日、もし一つだけ選べるなら。
誰かを動かす言葉より、
誰かが息をつける温度を選びたい。
あなたが、あなた自身に対しても。
灯は、最初から消えていない。
だから、急がなくていい。
あなたの速度で、戻ってきていい。
そしてもし、今日がうまくいかなかった日でも。
あなたが誰かに優しくできなかった日でも。
それで「私はダメだ」と結論を出さないでほしい。
人は、優しさを失うのではなく、
一時的に置き忘れるだけのことがある。
風が強い日は、灯が揺れる。
揺れた灯を見て、消えたと勘違いしてしまう。
でも、灯は消えていない。
あなたがここまで生きてきたこと自体が、
何度も消えかけた灯を、そっと守ってきた証拠だから。
だから今夜は、
世界を良くしようとしなくていい。
誰かを救おうとしなくていい。
ただ、あなたの中の灯が、もう一度落ち着くまで、
手のひらで囲ってあげてほしい。
あなたは、あなたのままで、
ちゃんと戻ってこられる。
その灯を、今夜いちばん最初に守ってあげるべき相手は――本当は、誰でしょうか。