試験問題の「意味」は分かるのに、なぜその問いなのかが理解できないA子が、三度の不合格を通して「頭脳テストが測っているもの」の正体を浮かび上がらせる思考遊戯。
A子は、試験会場の机に座っていた。
多くを犠牲にして勉強してきた。
友だちとの時間も、睡眠も、好きなことも削って。
過去問も解き込んだし、参考書の余白はメモで真っ黒だ。
──それなのに。
配られた問題用紙を見た瞬間、A子は固まった。
「……意味は分かる。分かるんだけど……」
書かれている日本語も専門用語も、ちゃんと理解できる。
何が問われているか、論点も分かる。
分からないのは、別のことだった。
「なぜ、こんな問題を出すのか?」
その意図が、まったく理解できなかった。
「もっと適切な問い方があるはずだわ。
現実の現場ではあり得ない前提も混ざってるし……」
A子は、どうしても納得できなかった。
納得できない問いに、
無理やり「正解」とされている答えを合わせにいくことができない。
それが、A子の選んだ答えだった。
結果は、当然のように不合格だった。
どうしても諦めきれなかったA子は、
再挑戦のために先生のところへ相談に行った。
「先生、どうすれば受かりますか?」
先生は、少しだけ考えてから答えた。
「いいかい。
『なぜその問題を出すのか』は、考えなくていい」
A子は拍子抜けした。
「考えなくていいなら、簡単だわ」
A子には、記憶力にあまり自信がなかった。
そこで彼女は、最新技術に頼ることにした。
脳内とインターネットを直接接続できるチップを埋め込む。
いつでも、どんな情報でも瞬時に引き出せるようになるという代物だ。
「これで、どんな問題が出ても怖くない」
そう信じて臨んだ再試験の結果は──不合格だった。
先生は一言。
「A子さん。カンニングはいかんよ」
A子は、なるほどと納得した。
外部の情報にそのまま頼るのはダメなのだと理解した。
そこで、次の試験ではチップを外し、
今度は記憶力そのものを強化する薬品を使って挑んだ。
頭は冴え渡り、覚えた内容は鮮明に蘇る。
解答用紙には、これ以上ないほど完璧な知識が並んだ。
結果──またもや不合格だった。
先生は肩をすくめた。
「ドーピングはいかんよ」
A子は、深く反省した。
「そうか……道具に頼るのがいけなかったのね」
最後の挑戦では、
何の装置にも、薬にも頼らず、
自分自身の頭だけで試験に向き合うことを決意した。
じっくり問題文を読み、
自分の考えを一つひとつ言葉にしていく。
「今度こそ、正々堂々と勝負したわ」
そうして迎えた結果は──やはり、不合格だった。
ショックを受けたA子は、再び先生に詰め寄った。
「先生、今回は何もズルをしていません!
どうしてダメだったんですか?」
先生は、静かに答えた。
「A子さん。答えは一つだよ」
A子は、意味が分からなかった。
試験後に返却された自分の解答用紙を見て、ようやく理解した。
各設問の下に、
A子はそれぞれ三つずつ回答を書き連ねていた。
試験委員会が想定していそうな回答
現場で妥当だと思われる別解
前提条件の問題点を指摘しつつ修正したうえでの回答
それぞれに、丁寧な解説付きで。
A子は、それを見て小さく呟いた。
「……だって、一つに決める理由が、分からなかったから」
「当たり前のことを、当たり前に行うだけ」と言うのは簡単だ。
しかし、一度それが“当たり前ではない”と気づいてしまうと、
同じことをするには、むしろ大きな努力が必要になる。
知識も、同じかもしれない。
大量の情報を蓄えていること
すばやく検索して取り出せること
それらが「頭がいい」とされるなら、
人間の頭でなくても、インターネットやコンピューターで代用できてしまう。
もし知識が単なる道具にすぎないのだとしたら、
今の試験は「特定の道具を、決められた形で使えるかどうか」を測る装置とも言える。
そして、答えがあらかじめ一つに決められているなら──
もっとも効率よく、
正解を一つに絞り込める機械に解かせるのが、
いちばん賢い選択なのかもしれない。
それでも人間に試験を受けさせ続けるのは、
単に知識量や処理速度では測れない「何か」を、
そこに見たいと思っているからなのだろうか。
あるいは、
本当はその「何か」がよく分からないまま、
「とりあえず、答えを一つにそろえさせる」
という作業だけが、
「頭脳を測ること」とされているのかもしれない。