守る、という言葉は綺麗だ。だからこそ、選別が隠れる――裏思考遊戯。
小さな町で、A男は子ども向けのボランティアをしていた。
勉強を見たり、話を聞いたり、家に帰りたくない子の時間を少しでも延ばしたり。
A男には理由があった。
昔、自分が助けてほしかったからだ。
助けてもらえなかったからだ。
だから今、助ける側に立っている。
……そう思っていた。
ある日、役場から手紙が届いた。
「地域支援プログラム開始」
「子どもたちにより良い環境を」
「誰も取り残さない」
綺麗な言葉が並ぶ。
綺麗すぎて、逆に安心してしまう。
A男は参加を決めた。迷いはなかった。
数ヶ月、うまくいっているように見えた。
支援が入り、体裁が整い、町の空気が少しだけ明るくなる。
A男は「良かった」と思った。
“良かった”と思えること自体が、救いだった。
だが、ある日、A男は聞いてしまった。
「結局、あそこが優先なんだよ」
あそこ。
誰のことだ。
何のことだ。
A男は調べ始めた。
難しいことじゃない。名簿を見れば分かる。
支援の割り振り、面談の順番、補助の枠、推薦の通りやすさ。
数字は嘘をつかない。
そして、分かった。
このプログラムは、一部の家庭にだけ有利に働いていた。
本当に助けが必要な子は「要件に合わない」で弾かれ、
“上手に申請できる家庭”が「優先」で通っている。
A男は、喉が渇いた。
怒りより先に、脱力が来た。
「やっぱりか」という疲れが、最初に来た。
A男はボランティア先で、B子に会った。
B子は現場の人間だ。空気の変化に敏感だ。
A男が言った。
「支援、偏ってる。
本当に必要な子が弾かれてる」
B子は静かに返した。
「知ってる。
でも声を上げると、次から私たちの枠が減る」
A男は言葉を失った。
枠。
善意に枠がある時点で、もう歪んでいる。
でも現実は枠で動く。
A男は役場に行った。
上層部に会わせろと言った。
会議室の空気は冷たい。
冷たいのに、表情は丁寧だ。
丁寧さが、いちばん怖い。
A男は言った。
「なぜ公平にやらない。
助けが必要な子が見捨てられてる」
上層部の一人、B男が答えた。
「現実を見てください。
資金も人も限られている。優先順位をつけるのは仕方ない」
A男は食い下がった。
「その優先順位が、おかしいと言ってる。
“申請が上手い家庭”を守って、
“声を出せない子”を弾くのが、保護なのか」
B男は少しだけ笑った。
笑った、というより、口角が上がっただけだ。
「A男さん……あなたは熱心だ。
でも感情で動かれると困る。
このプログラムは“成果”が必要なんです。
分かりやすい成功例が」
成功例。
つまり、見栄え。
つまり、守りやすい子を守る。
A男は、その瞬間に理解した。
保護は盾だ。
そして盾は、弱い人のためにあるとは限らない。
盾は、守る側の立場を守るためにも使われる。
A男は会議室を出た。
廊下が長い。
役場の床は綺麗だ。
綺麗さが、汚れを隠す。
帰り道、A男は足を止めた。
プログラムのポスターが貼ってある。
「誰も取り残さない」
A男は笑いそうになった。
笑えないのに、笑いが出そうになる。
取り残すかどうかを決めているのが、ここなのに。
さて。
あなたが信じている「保護」は、誰のための保護だろう。
助けるための仕組みが、選別の装置になっていないだろうか。
守る、という言葉の裏で、
誰が見過ごされ、誰が守られている?
裏側を言う。
「公平な支援」は、美しい理想だ。
でも現実の支援は、たいてい運用で汚れる。
ポイントはここ。
支援は“善意”で始まる。
でも“仕組み”になった瞬間、支援は権力になる。
枠を決める人
優先順位を決める人
成功例を作る人
申請の言語を使える人
この位置にいる側が、いつの間にか守られる。
そして弱い子は、弱いままになる。
なぜなら弱い子は、声が小さい。
書類が書けない。
親が動けない。
“正しい申請”ができない。
そういう子ほど、本当は守られるべきなのに。
ここで一番冷たい逆転が起きる。
保護は、困っている人のためにあるのに、
困っている人ほど、保護に届かない。
だから、問いは「支援を増やす」だけでは足りない。
「誰が届かない側に落ちる仕組みか」を見る必要がある。
そしてもう一つ。
「優先順位」は、便利な言葉だ。
誰もが反論しづらい。
でも、優先順位を口にした瞬間、
“見捨てる”ことが正当化され始める。
有利な保護とは、
守る顔をして、選別を当然にすること。
あなたの周りの“善意の仕組み”は、
本当に弱いところまで届いているだろうか。
それとも、守る側の安心だけを増やしているだろうか。