再利用は、美徳に見える。
だが時々それは、必要な人から先に奪う“正しさ”になる。――裏思考遊戯。
ブログ運営の道は、思ったより険しかった。
毎日アイデアを搾り、時間を溶かして文章を積み上げても、反応は薄いまま。
A男は画面を閉じるたびに、同じ言葉を飲み込んだ。
「こんなに頑張ってるのに、なんで……」
ある日、気分転換のつもりで街へ出た。
目的はない。歩いて、息を整えて、何かが戻るのを待つだけ。
ふと目に入ったのは、リサイクルショップだった。
棚には古い本、擦れたレコード、傷のある家具。
“もう終わったもの”が、まだ並んでいた。
A男はそこで、不思議な安心を覚えた。
完璧じゃなくても、役目を終えても、置き場所がある。
その日の夜、A男は記事を書いた。
買ったのは古いカメラ一台。
それが見てきたであろう旅を想像し、シャッター音に“時間”を混ぜた。
反応は、あった。
「懐かしい」「うちにも同じのがあった」「泣きそうになりました」
A男は久しぶりに、眠る前に笑った。
そして翌朝、目覚めた瞬間に思った。
――もう一度、行こう。
週末になると、A男は店へ“直行”した。
コーヒーより先に、店の開店時間を確認した。
記事より先に、棚の場所を覚えた。
買うものも増えた。
理由はきれいだった。
「救っているんだ」
「このままだと捨てられる」
「物語として残せる」
気づけば、部屋の隅に段ボールが積み上がっていた。
撮影して、書いて、投稿して、また買う。
“循環”のように見える動きが、止まらない。
ある日、店の入口で、年配の女性が店員に小さく言った。
「安い炊飯器、もうないの?」
店員は困った顔で答えた。
「最近すぐ無くなるんです。朝イチで来ないと……」
A男は、手に持っていた炊飯器を見た。
記事にすればウケる。
“昭和の台所”という見出しが、頭の中で光った。
その女性の視線が、A男の手元で止まった。
言葉はなかった。
でも、目だけが言っていた。
――それ、あなたは本当に使うの?
A男は笑えなかった。
「写真を撮るだけ」と言い訳したくなったが、口が動かない。
言えば言うほど、薄い紙みたいに破れていく気がした。
それから店は変わった。
A男の記事が拡散されるたび、同じ店に人が集まった。
“掘り出し物”は“競争”になり、値札は少しずつ上がった。
店の入口に貼り紙が出た。
「お一人様 同一商品は一点まで」
「転売目的のご購入はご遠慮ください」
A男は、その前で立ち止まった。
胸の奥が、妙に熱い。
転売はしていない。
そう言い張る自分がいた。
でも、買い漁っている。
書くために。伸ばすために。数字のために。
家に帰ると、段ボールの山が待っていた。
物語の“素材”が、部屋の空気を圧迫していた。
どれも救われたはずなのに、どれも使われていない。
A男は画面を開き、アクセス解析を見た。
右肩上がりの線。コメント。保存数。
“成功”の形。
なのに、指先が冷えた。
A男はふと思った。
リサイクルショップは、捨てられた物の終着点じゃない。
欲しい人が届く場所だ。
そこへ、自分は何を持ち込んだ?
物語か。希望か。
それとも――早起きできる者だけが勝つ仕組みか。
さて。
あなたが「良いこと」だと思っている行為は、誰の生活にぶつかっているだろう。
あなたの“循環”は、救いだろうか。
それとも、正しさの顔をした直行の買い漁りだろうか。
* * *
ここで、この話の裏側を照らす。
リサイクルは、美徳に見える。
だが美徳は、簡単に「買う理由」に化ける。
数字が伸びると、行為は正しく見える。
正しく見えると、止まれなくなる。
そして止まれなくなると、最初の目的は静かに入れ替わる。
A男が買っていたのは、物だけではない。
安心も、手応えも、「やっている感」も買っていた。
反応が薄い → 何かを買う
伸びる → もっと買う
罪悪感が出る → 「循環」という言葉で包む
その結果、棚は空になる。
必要な人の順番は、遅れる。
それでも本人は、悪人にならずに済む。
なぜなら“良いこと”をしている顔のままだからだ。
裏の問いは一つ。
あなたが握っているその「良いこと」は、誰の生活の順番を抜かしているだろうか。
そして本当に救っているのは、物か。それとも、自分の焦りか。