正義のためだと言った瞬間から、道徳は少しずつ“言い訳”に変わっていく。道徳性をめぐる思考遊戯。
A男は、スクープを追いかける記者だった。
だがネタがない。焦りだけが増え、同僚や後輩にどんどん追い越されていた。
そんなある日、A男は偶然、「透明になる指輪」を拾った。
どうやら可視スペクトルで光の屈折を変え、存在だけを消す仕組みらしい。
A男は思った。
「普通なら、やましい目的で使うんだろう。だが俺は違う。不正を暴く正義のために使ってやる」
A男は指輪をはめ、著名人が裏で行っている実態を次々と暴いていった。
記事は当たり、名は上がり、A男は記者の中でもトップクラスになった。
ところが同時に、命を狙われるようにもなった。
権力者にとって、透明な目撃者ほど都合の悪いものはない。
A男は、超一流のヒットマンに二十四時間つけ狙われた。
眠る時も指輪をはめた。
外した瞬間に、終わる気がしたからだ。
その結果、A男はついに、指輪を外せない状態になってしまった。
正義の道具は、いつの間にか生存の道具に変わっていた。
A男は危機を打開するため、影武者を仕立て上げ、自分が死んだように見せかけた。
社会からも、敵からも、そして“追われる自分”からも消えるためである。
だが、死んだことになった以上、絶好のスキャンダルを自分の手で出すことはできない。
それでもA男は、記者魂を言い訳にして、諦めきれなかった。
整形をし、名前を変え、別人として記事を世に出した。
その瞬間、まるで見計らったように、指輪の効果も切れた。
A男は思った。
「これで命を狙われなくて済む。……これで良かったのかもしれない」
すると物陰から、A男を見ていた男がいた。
その男こそ、透明になる指輪を作った男だった。
男は静かに言った。
「やはりな。これで、A男が影武者を使って“自分の代わりに死を成立させた”ことをスクープにできる」
指輪は、透明になるために作られたのではなかった。
本性を暴くために作られていたのだった。
道徳性を保つには、社会性を保つ必要がある――そう言えるだろう。
「他人を傷つけてはいけない」という建前は、相手のためであると同時に、結局は自分のためでもある。
なぜなら、その建前が崩れれば、自分も傷つけられる側に回る確率が上がり、安心して社会生活を送れなくなるからだ。
問題は、その“社会を守る建前”が、どこまで通用するかである。
正義の名の下に踏み込めば、踏み込むほど、道徳は「守るもの」ではなく「使うもの」になりやすい。
そして最も厄介なのは、本人がそれを正義だと信じている時だ。
道徳性を保つことは複雑で、簡単ではない。
だが、その「複雑で簡単ではない」こと自体が、人間らしさなのかもしれない。
――道徳性そのものが、誰かの道具として利用されない限りは。