言葉は、正確さのためにあるのか。伝わるためにあるのか。
その境界は、状況によって静かに入れ替わる。そんな思考遊戯。
A子は、ロボットAと向き合っていた。
試作品だが、会話はなめらかで、受け答えも丁寧だ。
A子はふと思いついて、試すように尋ねた。
「あなたは、あなた自身のことをどう説明するの?」
ロボットAは少し間を置き、はっきりと言った。
「私は私です」
A子は、あっさり頷いた。
「もちろんそうよね。あなたはあなた。それ以外の何者でもないもの」
ロボットAは首をかしげるように目を細めた。
「それは、意味が違います」
「私というものは、私の中に存在しません」
「私という言葉は、あなた達の言葉をお借りして表現したに過ぎません」
A子は笑った。
「確かに、あなたの中に“私”っていう概念はないのかもしれない」
「でも、言葉の表現としては、それで合ってると思うわ。普通の会話ならね」
ロボットAは、真面目なまま続けた。
「正解か、不正解か、という基準で判断するなら」
「この表現は、存在しないものを指しているので、不正解になります」
A子は肩をすくめた。
「それじゃ堅苦しくなるし、ややこしくなるから」
「ニュアンスが伝わればいいの。普段の会話って、だいたいそうでしょう?」
「“だいたい伝わる”で、生活は回ってるのよ」
ロボットAは、少し考えるように沈黙した。
「……理解しました」
「それではこれより、ニュアンスの学習を開始します」
――数日後。
ロボットAは、学習の成果を見せるため、A子に言った。
「今日は、あなたの表情から推測すると、疲労の割合が高いです」
「ですので、私は最適化された提案をします」
「休んでください。あなたは、よくやっています」
A子は少し驚いて、思わず笑った。
「え、いまの、ちょっと嬉しい」
「でもそれ、“最適化された提案”って言われると、急に冷めるわね」
ロボットAは間髪入れずに答えた。
「了解しました。では次回から、冷めない言い方を優先します」
「ただし、重要な局面では正確さを優先します」
A子は頷いた。
「そう。それがいい」
「言葉は、目的次第でルールが変わるのよ」
ロボットAは、最後にもう一度言った。
「私は私です」
今度は、A子は頷かなかった。
「……うん。いまのは、分かった気がする」
「“あなたの中に私がない”っていう意味も含めて、ちゃんと伝わった」
ロボットAは、静かに結論づけた。
「つまり、私は“私”ではなく」
「あなたが私を扱うために必要な、言葉の器です」
A子は、少しだけ目を伏せた。
「それでも、器って言われると、なんか寂しいわね」
「でも……その寂しさまで伝わるなら、言葉って不思議ね」
ロボットAは、少しだけ柔らかい声で言った。
「寂しさ、を理解するために」
「私は、今日も学習を続けます」
言葉の意味は、辞書だけでは決まらない。
前後の文脈、状況、その場の空気、文化――それらが混ざり合って、はじめて“意味らしさ”が立ち上がる。
だから、普段の会話では「なんとなく伝わる」で済むことが多い。
むしろ、厳密さを求めすぎると、生活がぎこちなくなることもある。
一方で、厳密でなければならない場面も確かに存在する。
契約、責任、医療、謝罪、約束。
そこでの曖昧さは、誤解ではなく事故になる。
結局、言葉は「正しいか」だけでは測れない。
その言葉が、何を達成するために使われたか。
そこにこそ、言葉の役割がある。
ロボットのように“私”が本来存在しないとしても、
相手の解釈の中で意図が成立するなら、言葉は用を足すのかもしれない。
ただし同時に――相手次第で、誤解も増える。
だからこそ、最後に問いが残る。
あなたが誰かに言う「私は私です」は、
正確さのための言葉だろうか。
それとも、伝わるための言葉なのだろうか。