遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
誰よりも見えているつもりの人間ほど、自分が見落としているものには気づきにくい。
評価されたい知性と、ただ帰る場所を求める心は、同じ身体の中で静かにすれ違う。
理解をめぐる小さな思考遊戯。
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A男は、自分の頭の回転が速いことを知っていた。
世の中に流れてくる言葉の多くは、彼には薄く見えた。
ニュースの見出しも、広告の煽り文句も、SNSで飛び交う正義も、少し眺めればだいたい構造が見えた。
これは不安を売っている。
これは怒りを集めている。
これは善意の顔をした自己保身だ。
これは、誰かを敵にして仲間意識を作る古い手口だ。
A男は、そうしたものを一つひとつ見抜いては、心の中で小さくため息をついた。
どうして、こんなに簡単なことが分からないのだろう。
その言葉は、他人に向けたものでもあり、少しだけ世界全体に向けたものでもあった。
彼はよく考えた。
考えすぎるほど考えた。
人間の欲望。
集団の心理。
正しさという名の暴力。
評価される言葉と、届かない言葉の違い。
そうしたことについて語り始めると、A男の言葉は止まらなかった。
けれど、聞いてくれる人は多くなかった。
外では、たいてい話が噛み合わなかった。
「難しいこと考えるね」
「そこまで深く考えなくてもいいんじゃない?」
「結局、何が言いたいの?」
そう言われるたび、A男は黙った。
説明すればするほど、遠ざかっていく。
分かってもらおうとすればするほど、面倒な人間になっていく。
それでも、家に帰れば妻がいた。
A男は、夕食のあと、妻に話し始めることがあった。
「今日、また変な言説を見たんだけどさ。あれは要するに、分断を利用した構造で……」
妻は、洗い物をしながら言った。
「ふーん」
A男は続けた。
「いや、これ結構重要な話で、人間って、自分が正義側にいると思うと、急に残酷になれるんだよ」
「そうなんだ」
妻は、少しあくびをした。
A男は、そこで言葉を止めた。
まただ、と思った。
一番近くにいる人間でさえ、自分の見ているものには興味がない。
自分がどれだけ考えているか。
どれだけ本質を見抜いているか。
どれだけ孤独に、世界の違和感と向き合っているか。
それを、この人は分かっていない。
そう思うと、A男は少しだけ寂しくなった。
妻は悪気なく、いつものように聞いた。
「お風呂、先に入る?」
A男は、小さく首を振った。
「あとでいい」
その日、A男はネットで長い議論をしていた。
相手は、論点をずらし、言葉尻を取り、都合の悪い部分だけを無視した。
A男は一つひとつ丁寧に返した。
前提を整理し、矛盾を指摘し、別の可能性まで示した。
しかし、最後に相手が書いたのは、たった一言だった。
「必死すぎ」
その一言に、画面の向こうの何人かが笑った。
A男は、しばらく画面を見つめていた。
論理は通じない。
誠実さも届かない。
正確であることは、面倒くさいこととして処理される。
自分が何かを見抜いていることに、意味はあるのだろうか。
そんな考えが、じわじわと胸の奥に沈んできた。
A男はパソコンを閉じた。
部屋は静かだった。
頭だけが、まだ熱を持っていた。
リビングに行くと、妻はテレビもつけずに、こたつの横で洗濯物をたたんでいた。
A男は何か言おうとした。
今日あったこと。
どれだけ虚しかったか。
なぜ人は、まともに話を聞かないのか。
自分の言葉は、そんなに届かないものなのか。
けれど、言葉は出てこなかった。
妻は顔を上げた。
A男の表情を見て、何も聞かなかった。
ただ、たたんでいたタオルを横に置き、台所へ行った。
しばらくして戻ってきた妻は、湯気の立つ味噌汁を小さな器に入れて、A男の前に置いた。
「冷めないうちに飲みなよ」
それだけだった。
A男は、しばらく味噌汁を見ていた。
豆腐とわかめが浮いている。
特別なものではない。
何の理屈もない。
世界の構造も、人間の本質も、そこには説明されていない。
それでも、手に取ると温かかった。
一口飲んだ瞬間、A男は急に黙り込んだ。
妻は、また洗濯物をたたみ始めていた。
何も聞かない。
何も評価しない。
「あなたはすごい」とも言わない。
「分かっているよ」とも言わない。
ただ、そこにいた。
A男は、そのとき初めて気づいた。
妻は、自分の理屈を理解していなかったのではない。
理解する場所が、そこではなかったのだ。
彼が見抜いた社会の矛盾。
積み上げた知識。
鋭い言葉。
複雑な構造を読み解く力。
妻は、それらを褒めることはなかった。
けれど、A男が疲れて帰ってくることは知っていた。
言葉で勝っても傷つくことを知っていた。
正しさを握りしめたまま、自分で自分を追い詰めることも知っていた。
そして、鎧を着たA男ではなく、
鎧の重さに疲れたA男を、ずっと見ていた。
A男は、味噌汁をもう一口飲んだ。
少しだけ、目の奥が熱くなった。
「……うまい」
そう言うと、妻は顔も上げずに、いつもの調子で答えた。
「良かった、ありがと」
その何気ない一言に、A男はなぜか救われた。
自分の凄さを一番分かっていないと思っていた人は、
自分が凄くなくなったあとも、ここにいてくれる人だった。
A男はその日、久しぶりに世界と戦うのをやめた。
―――――
能力を評価されることと、存在を肯定されることは、似ているようでまったく違う。
能力の評価は、条件つきだ。
頭がいいから。
役に立つから。
成果を出したから。
面白いことを言えるから。
そこでは、何かを発揮している自分が見られている。
もちろん、それも嬉しい。
誰かに認められることは、人が生きるうえで大きな支えになる。
けれど、能力はいつも発揮できるとは限らない。
疲れる日もある。
負ける日もある。
言葉が出ない日もある。
正しいことを言っているはずなのに、誰にも届かない日もある。
そのときなお残るものは何だろうか。
「すごい自分」を見てくれる人は、力があるときには集まってくるかもしれない。
けれど、「すごくない自分」の横に黙っていてくれる人は、そう多くない。
本当の理解は、必ずしも難しい言葉で示されるわけではない。
むしろ、何も聞かずに温かいものを出すことや、疲れた顔を責めないことや、いつもの調子でそこにいてくれることの中に、深く宿ることがある。
評価されたいのではなく、帰ってきてもいい場所がほしい。
自分の能力を分かってもらえない寂しさの奥で、
もしかすると私たちは、もっと根本的なものを求めているのかもしれない。
正しさを証明したいのではなく、証明できない自分のまま、少し休みたい。
では、自分の一番近くにいる人は、
本当に何も分かっていないのだろうか。
それとも、こちらが見てほしいと思っていた場所とは別のところで、
最初からずっと、こちらを見てくれていたのだろうか。
外の世界で鎧を着て頑張る心が、
「おかえり」の一言と、何気ない温もりでほどけていく歌です。
すごい自分ではなく、ただの自分で帰れる場所を描きました。
「間違ってない」と証明したくて
今日も見えない鎧を分厚く着込んだ
誰かの正解に自分を合わせるたびに
本当の心の声が小さくなっていく
冷たい夜風に吹かれた帰り道
駅のホームでこぼした小さなため息
ピンと張り詰めていた細い糸が
オレンジの街灯の下で 少しだけ揺れた
ドアを開けた瞬間の「おかえり」で
重たい鎧が音を立てて落ちていく
すごい私じゃなくても
ただ笑ってくれる
テーブルに立ち上る味噌汁の湯気に
凍えていた心が ゆっくり溶けていく
テレビの音を少し小さくして
ポツリポツリとこぼした言葉に
何も聞かずに 静かに頷く
飾らないその相槌が ただ心地よくて
何ができるか、どれくらい役に立つか
そんなことより
ここにいることを喜んでくれる
その当たり前の温かさが嬉しくて
見透かされたように 涙が滲んでいく
何者かにならなきゃと
ずっと焦っていたけれど
特別じゃない 弱くて不器用なままの
最初から、ただの私でよかったんだね
ドアを開けた瞬間の「おかえり」で
言葉にできない夜まで 包んでくれる
何にも言えなくても そばにいてくれる
明日もまた
違う鎧を着て出かけるけれど
帰る場所があるから もう怖くない
静かな部屋 時計の針の音
温かいマグカップを 両手で包んで
目を閉じて 深く息を吸い込む
心の中で呟く「ただいま」
おやすみ、また明日