遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
Aは、WordPressで稼ごうとしていた。
けれど、知れば知るほど、やることは増えていく。
ならば使う側ではなく、売る側へ回ればいい。そう考えた先で、Aは別の檻に入っていく。
WordPressをめぐる小さな思考遊戯。
―――――
Aは、WordPressを使ってサイトを作り、稼ごうとしていた。
最初は、簡単に見えた。
サーバーを借りる。
WordPressを入れる。
テーマを選ぶ。
記事を書く。
広告を貼る。
アクセスを集める。
それだけで、うまくいくような気がしていた。
実際、WordPressは便利だった。
少し調べれば、やりたいことの多くは実現できた。
デザインを変えたいならテーマがある。
お問い合わせフォームを作りたいならプラグインがある。
SEOを強化したいなら専用ツールがある。
速度を上げたいならキャッシュ系のプラグインがある。
セキュリティを高めたいなら、それ用のプラグインもある。
Aは、次々と導入した。
最初は楽しかった。
自分のサイトが少しずつ整っていくのを見るのは、まるで小さな店を作っているようだった。
だが、知識が増えるほど、やるべきことも増えていった。
記事を書かなければならない。
画像も整えなければならない。
表示速度も気になる。
スマホ表示も確認しなければならない。
検索順位も見る。
リンク切れも直す。
セキュリティも気にする。
バックアップも取る。
プラグインの更新も必要になる。
気づけば、Aは記事を書く時間よりも、設定や修正に多くの時間を使うようになっていた。
「サイトで稼ぐって、こんなにやることが多いのか」
しかも、それだけ頑張っても、収益は思ったほど伸びなかった。
アクセスが来ない。
クリックされない。
たまに成果が出ても、サーバー代やツール代を考えると、手元にはほとんど残らない。
Aは疲れていた。
そんなある日、Aはふと思った。
「待てよ。WordPressで稼ぐ人より、WordPressを使う人に売る側の方が儲かるんじゃないか?」
サイト運営者は、みな何かしら困っている。
デザインを良くしたい。
表示を速くしたい。
SEOを強くしたい。
セキュリティを高めたい。
便利な機能を追加したい。
面倒な作業を楽にしたい。
それなら、その悩みを解決するテーマやプラグインを作って売ればいい。
Aは興奮した。
自分が記事を書いてアクセスを集めるより、記事を書く人たちに道具を売る。
金を掘る人になるのではなく、金を掘る人にツルハシを売る。
「これだ」
しかし、すぐに問題があった。
Aには、テーマやプラグインを開発する知識がなかった。
コードを書くことにも、そこまで興味は持てなかった。
それでもAは諦めなかった。
世界を探せば、格安で開発してくれるエンジニアはたくさんいる。
仕様をまとめ、外注すればいい。
自分は企画と販売に集中すればいい。
Aは、これまでの経験をもとに考えた。
初心者でも使いやすいテーマ。
SEOに強そうに見える設計。
記事装飾が簡単にできる機能。
ランキングや吹き出しを簡単に入れられるプラグイン。
広告タグを管理できる便利機能。
Aは開発費を投じた。
何度もやり取りし、修正を依頼し、ようやく商品が完成した。
販売ページも作った。
「初心者でも簡単」
「面倒な設定を一括管理」
「記事作成に集中できる」
そんな言葉を並べた。
反応は悪くなかった。
最初のうちは、少しずつ売れた。
購入者から感謝の声も届いた。
「この機能が欲しかったです」
「設定が楽になりました」
「もっと早く知りたかったです」
Aは嬉しかった。
「やっぱり、使う側より売る側だ」
そう思った。
だが、しばらくすると、別のメールが届き始めた。
「この表示が崩れます」
「最新のWordPressに更新したら動かなくなりました」
「他のプラグインと相性が悪いです」
「スマホでうまく表示されません」
「セキュリティ的に大丈夫ですか?」
「いつアップデートされますか?」
Aは、慌ててエンジニアに連絡した。
修正費用がかかる。
検証費用がかかる。
追加機能の要望も出る。
問い合わせ対応の時間も増える。
WordPress本体が更新される。
PHPのバージョンが変わる。
ブラウザの仕様が変わる。
競合商品が新機能を出す。
セキュリティ情報が出れば、すぐに対応を求められる。
Aは気づいた。
テーマやプラグインは、作って終わりではなかった。
売った瞬間から、保守が始まる。
売れれば売れるほど、問い合わせも増える。
使う人が増えれば、環境の違いも増える。
環境の違いが増えれば、不具合の報告も増える。
Aは、また忙しくなった。
サイトを作っていた頃は、記事と設定に追われていた。
今度は、利用者対応とアップデートに追われている。
しかも、更新が止まれば売れなくなる。
最終更新日が古いだけで、購入をためらう人が出てくる。
レビューには「サポートが遅い」と書かれる。
競合は次々と新しい機能を出してくる。
Aは、さらに機能追加を考えた。
しかし、機能を増やすほど不具合も増えた。
不具合を減らすには検証が必要になる。
検証には時間と費用がかかる。
売上はある。
だが、開発費、修正費、サポート対応、販売手数料、広告費を差し引くと、手元には思ったほど残らなかった。
ある日、Aは収支表を見て黙り込んだ。
赤字だった。
Aは、アップデートを止めるしかなかった。
販売ページには、まだ美しい言葉が残っている。
「記事作成に集中できます」
「初心者でも安心」
「長く使える設計」
だが、管理画面には別の表示が出ていた。
このテーマは、しばらく更新されていません。
このプラグインは、現在の環境では互換性が確認されていません。
Aは、その警告を見つめた。
かつて自分が、利用者として不安になった表示だった。
今度は、自分がその表示を出す側になっていた。
「胴元になれば儲かると思ったんだけどな」
Aは、小さくつぶやいた。
けれど、そのときAは気づいた。
自分は胴元になったのではない。
WordPressという巨大な城のまわりで、便利な道具を売る小さな商人になっただけだった。
城は無料で開かれている。
だから多くの人が集まる。
人が集まるから、道具が売れる。
道具が増えるから、さらに便利に見える。
便利に見えるから、また人が集まる。
その輪の中で、使う人も、作る人も、売る人も、それぞれ忙しく動き続ける。
Aは、以前より少しだけ深く理解した。
無料のものほど、周囲に有料の仕事を生む。
便利なものほど、それを守るための手間が増える。
自由に拡張できるものほど、どこまで面倒を見るのかという責任が曖昧になる。
Aは、古くなったプラグインの更新通知を閉じた。
その瞬間、別の通知が出た。
「新しい収益化プラグインの販売講座が始まりました」
Aは、その広告をじっと見つめた。
そして、疲れた顔で笑った。
「今度こそ、教える側に回ればいいのか」
画面の中では、また別の誰かがこう言っていた。
「WordPressで稼ぐなら、今度は“作る側になる方法”を売りましょう」
Aは、しばらく何も押せなかった。
―――――
WordPressは、とても便利な仕組みだ。
無料で始められ、拡張性も高く、多くの情報があり、テーマやプラグインも豊富にそろっている。
個人が自分の場所を持つための道具として、これほど入り口が広いものは少ないだろう。
ただ、その便利さは同時に、別の手間を生む。
自由に選べるということは、選ぶ責任が生まれるということだ。
自由に拡張できるということは、相性や不具合や保守の問題も抱えるということだ。
無料で使えるということは、その周辺に有料のテーマ、プラグイン、講座、代行、保守サービスが生まれるということでもある。
もちろん、それ自体が悪いわけではない。
よいテーマやプラグインは、作業を楽にしてくれる。
信頼できる開発者は、多くの人を助けている。
専門知識を持つ人が、その対価を受け取ることも自然なことだ。
しかし、使う側で稼げないから作る側へ。
作る側が大変だから売り方を教える側へ。
教える側が増えたら、今度は教える人向けの仕組みへ。
そうして階段を上がっているつもりが、実は同じ建物の中をぐるぐる回っているだけ、ということもある。
「胴元が儲かる」という言葉は、分かりやすい。
けれど、現実には、胴元に近づいたつもりの人もまた、更新、保守、競争、信頼、責任という別のルールに縛られていく。
本当に強いのは、誰か一人の販売者ではなく、
多くの人が集まり、道具を作り、教え、迷い、また戻ってくる、その仕組み全体なのかもしれない。
そして、使いこなそうとすればするほど、最初の目的から離れていくことがある。
記事を書くために始めたのに、設定に追われる。
稼ぐために始めたのに、保守に追われる。
自由になるために選んだ道具なのに、その道具を守るために忙しくなる。
便利さとは、どこまで行けば味方で、どこから先が檻になるのだろうか。
WordPressで稼ぐという言葉は、
単にサイトで収益を出す話ではなく、
「便利な仕組みの周りで、自分はどの役割を引き受けるのか」という問いでもあるのかもしれない。