「苦しみを消せる装置」が現れたとき、最初に壊れるのは何か――裏思考遊戯。
静かな村に、ある日、巨大な機械が運び込まれた。
村の広場を占領するほどの黒い鉄の塊。近づくだけで、空気が薄く震える。
村人たちはざわつきながら集まった。
装置の前に立つのは、背の低い老人。白い手袋をはめ、妙に丁寧な身振りをする。
老人――B老人は、村人へ向かって言った。
「こちらは『法外な粉砕機』でございます。
どんな硬い物でも、どんな大きな物でも、瞬時に粉々にいたします」
村人たちは歓声を上げた。
石、鉄、岩。粉砕できるなら便利だ。村の仕事が楽になる。未来が明るくなる。そう思った。
だが、一人の若者――A男が前に出た。
「……粉砕する理由は? 何のために、そんな法外なものを?」
B老人は、微笑んだ。
その笑みは優しいのに、どこか冷たい。
「粉砕するのは、物だけではございません。
恐怖、憎しみ、悲しみ。
さらには、固まった考え方、偏見、後悔……そういった“抽象”も、粉砕できます」
村人たちは、一瞬で黙った。
抽象を粉砕する? それは救いなのか、それとも危険なのか。
村の女が恐る恐る言う。
「それって……本当に可能なんですか?」
B老人は頷き、機械のスイッチを入れた。
低く唸る音。振動。空気が歪む。
その瞬間だった。
村人たちの顔が、ふっと緩んだ。
「……軽い」
「胸の奥が……空っぽになったみたい」
「ずっと引っかかってた怒りが……消えた」
笑いが起きる。涙さえ出る者もいる。
そして、みんな一様に言った。
「楽だ」
A男だけが笑えなかった。
確かに、空気が変わった。だが、それは「重い荷物を下ろした」空気ではない。
「何かを抜かれた」空気だった。
A男はB老人に近づいた。
「今、村の誰かが抱えてた恐怖や憎しみが……消えた。
でも、それって本当に“良い”のか? それがあったから、守れたものもあっただろ」
B老人は、淡々と答えた。
「良いかどうかは、人によります。
ただ一つ確かなのは――楽になります。すぐに。確実に」
A男は言い返す。
「楽になるのと、救われるのは違う」
B老人は、笑みを崩さない。
「違いますね。だからこそ、こちらは人気が出ます。
人は“救い”より先に、即効の楽を欲しがりますから」
その日から、村は変わった。
夜泣きしていた赤ん坊がよく眠る。喧嘩が減る。酒の量も減る。
誰もが「素晴らしい」と言った。
だが、数日後――A男は気づいた。
村の空気から、怒りだけでなく、境界線が消えている。
理不尽に叱られても、誰も反論しない。
不当に取り分を減らされても、誰も疑問を持たない。
誰かが傷ついても、誰も“傷”として認識しない。
村は静かだった。
静かすぎた。
A男は村の年長者に言った。
「おかしいだろ。これじゃ……何をされても、誰も止めない」
年長者は、穏やかな顔で答えた。
「止める必要があるのかい? 何も問題は起きていないよ」
A男は背筋が冷えた。
問題が起きていないのではない。
問題を問題として感じる機能が粉砕されている。
A男はB老人のもとへ走った。
「おい。あんた、感情を粉砕するって言ったな。
でもこれ……感情だけじゃない。判断まで壊してる」
B老人は、静かに頷いた。
「はい。正確には、感情そのものではありません。
粉砕しているのは“感情の根”――つまり、意味づけです」
A男は叫んだ。
「意味づけがなくなったら、痛みは消える。
でも、それは“痛みが治った”んじゃない。
痛みを知らせる警報を壊しただけだ!」
B老人は、淡々と言った。
「おっしゃる通りです。
警報が鳴らなければ、人は静かに働きます。
静かに従います。
静かに、何も変えようとしません」
A男は、理解した。
この装置は救いの道具ではない。
統治の道具だ。
A男は機械の停止ボタンに手を伸ばした。
だが指が止まる。
もし止めたら、村人たちに戻ってくるものがある。
恐怖、憎しみ、悲しみ。
それだけじゃない。怒り、悔しさ、恥。
そして、これまで粉砕された「意味」が一気に蘇る。
耐えられるのか?
戻ってきた痛みを、村は受け止められるのか?
B老人は、A男の迷いを見抜いたように言った。
「止めれば、地獄が戻ります。
それでも止めますか?
人は楽を知ると、苦しみを“異常”だと思うようになります。
そして異常を消す装置を、正義として守ります」
A男は拳を握った。
止めるのが正しい。だが、止めれば憎まれる。
救うために止めるのに、救う相手から叩かれる。
B老人は最後に、優しい声で言った。
「ですから、こちらは“法外”なのです。
粉砕できるのは、石でも鉄でもありません。
最も簡単に粉砕できるのは――人が自分で決める力です」
A男はスイッチを押せなかった。
押せなかったまま、装置の前で立ち尽くした。
そして思った。
粉砕されたのは村人の恐怖ではない。
村人が恐怖から学んできた、生き方そのものだ――と。
さて。
あなたが消したい感情があるとして、
それを消すのは「救い」だろうか。
それとも、あなたの中の「判断」を消す、都合のいい破壊だろうか。
あなたは、何を粉砕し、何を残す?
この話の「裏」を言う。
世の中には、苦しみを“悪”と決めつけ、苦しみを消すことを“善”として売る仕組みがある。
もちろん、苦しみはつらい。
減らせるなら減らした方がいい場面もある。
だが、ここで線を引かないといけない。
苦しみを減らすこと
苦しみを感じる機能を壊すこと
この二つは別物だ。
恐怖があるからブレーキを踏める。
怒りがあるから理不尽に気づける。
悲しみがあるから失ったものを大事にできる。
それらが全部「不快だから」と粉砕されたら、何が残るか。
残るのは、扱いやすい人だ。
「何も問題はない」と言いながら、問題の中で静かに生きる人だ。
そして一番怖いのは、本人がそれを“幸福”だと感じてしまうこと。
苦しみがないから幸福、ではない。
苦しみを測る物差しが壊れているだけかもしれない。
もしあなたが今、何かを消し去りたいほど苦しいなら、問いはこうだ。
それは「粉砕」するべきものか?
それとも「意味を読み直す」べきものか?
粉砕は早い。気持ちいい。即効だ。
でも、粉砕は選ぶ力まで一緒に砕く。
あなたの人生を守るために必要なのは、
“法外な粉砕”じゃなく、
自分で決めるための痛みの扱い方かもしれない。