頭が良いとは、いったい何を指すのだろう。
学歴や試験の合格、計算の速さや記憶力――それだけなら、機械で十分にも思えてくる。
それでも「本当に頭が良い人」がいるのなら、その差はどこに現れるのか。
頭の良さをめぐる小さな思考遊戯。
男は、昔から「頭がいい」と言われてきた。
難しい試験に次々と受かり、計算も早く、記憶力も抜群だった。
周りがつまずくたびに、A男は少しだけ優越感を覚えた。
ある日、A男は後輩のB子に言った。
「学歴があるとか、難関試験に受かったとか、計算が速いとか、記憶力がいいとか。そういうのが“頭の良さ”なんだろ?」
B子は肩をすくめた。
「それって、能力の一部ですよね」
A男は続けた。
「でもさ。計算が速い、記憶できる、取り出せる――それなら、コンピューターで事足りるじゃないか。
本当に頭がいいなら、先を見通せるはずだろ? 少ない金でも株で大儲けできるはずだ」
B子は笑って答えた。
「先を見通せたら、みんな同じ行動をします。だから、見通せなくなるんじゃないですか」
A男は納得できなかった。
そこでA男は、周囲にこう宣言した。
「俺が“頭の良さ”を証明してやる。口だけじゃない。結果で見せる」
A男は、知識と計算で勝てると思い、短期間で大きな利益を狙った。
最初はうまくいった。周りは称賛し、A男はさらに大胆になった。
だが、ある日、予想と逆の出来事が重なり、一気に崩れた。
A男は言い訳を探した。
「運が悪かった」「情報が偏っていた」「こんなの想定外だ」
その時、B子は静かに一言だけ言った。
「“想定外”って、最初からある前提ですよね」
A男はムッとして返した。
「じゃあ、お前はどうなんだ。頭がいいなら、やってみろよ」
B子は首を振った。
「やりません。私の“頭”は、当てるためじゃなくて、間違える前に止まるために使います」
その場では、誰もB子を褒めなかった。
派手さがないからだ。
けれど数年後、A男は仕事も人間関係も失いかけていた。
一方のB子は、地味でも信頼を積み上げ、無理のない形で生活を整えていた。
A男は最後に、ぽつりと言った。
「結局、頭がいいって何なんだ…」
B子は、少し考えてから答えた。
「自分の頭の限界を知っていて、欲や怒りに運転させないこと。
…それが、私の思う“頭の良さ”です」
A男は、その言葉がいちばん刺さった。
なぜなら、今まで一度も“そこ”を考えたことがなかったからだ。
学歴、記憶力、計算速度、口のうまさ、騙しの技術、商売の才覚。どれも「頭の良さ」に見える。
けれど、それらは“道具の性能”に近い。
本当に問われるのは、道具を何のために使い、どこで止め、どこで引き返すか。
「先を見通す」より先に、見通せないものを見通せないまま扱う力がいるのかもしれない。
そう考えるのもまた、頭の使い方だといえるだろう..