「強烈さ」を求めた先で、人は何を失うのか――裏思考遊戯。
小さな町に、妙な評判の料理店がある。
「どんな注文にも応える」。それが売り文句だった。
ある日、A男が店に入るなり、料理長のB男に言った。
「今まで食べたことのない、強力な味をくれ」
B男はA男の目を見て、ほんの少しだけ笑った。
笑ったのに、冷たい。
「承知しました。……ただ、お戻りになれなくなるかもしれませんが」
A男は迷わず頷いた。戻れなくてもいい、とでも言いたげだった。
B男は厨房で、信じられない手順を踏んだ。
甘味、酸味、辛味、苦味、旨味――それぞれを“頂点”まで引き上げ、最後に全部を重ねた。
皿が運ばれてくるころには、A男の鼻が先に負けかけていた。
香りが強すぎて、呼吸が浅くなる。
A男は一口食べた。
その瞬間、世界が震えた。
舌の上で五つの味が同時に爆発し、口の中だけが別の宇宙になった。
「……すごい。これだ……!」
A男の目が光る。
二口目、三口目。
四口目あたりで、違和感が混ざった。
“すごい”はずなのに、もう追いつけない。
舌が麻痺しはじめ、味の輪郭が溶けていく。
A男は箸を止めた。
「確かに強力だ。でも、もう……満足じゃない。疲れる。なぜだ?」
B男は、待っていましたと言わんばかりに淡々と返した。
「強さには慣れが来ます。慣れは次の強さを要求します。
つまりお客様が求めたのは味ではなく、刺激の上限を上げる行為です」
A男は眉をひそめる。
「でも、あの一口の衝撃は本物だった」
B男は、ゆっくり頷いた。
「衝撃は本物に見えます。ですが、それは“本物”ではなく、強力な刺激です。
強力な刺激は一口目で天井を押し上げます。だから危ない。
強力な刺激は、次の鈍麻の入口になります」
A男は苦笑した。
「じゃあ、俺はどうすればいい?」
B男は店の奥から小さなお椀を持ってきた。
湯気が立つだけの、質素な汁物。見た目は地味すぎた。
「こちらを最後にお召し上がりください」
A男が飲む。……何も感じない。
薄い。水みたいだ。正直、がっかりする。
B男は言った。
「いま、お客様の舌は強力に焼かれております。
ですから普通のものが無味に感じるのです。
ですが数日、その焼けが引けば、この薄さに旨味が戻ります」
A男はお椀を見つめた。
少しだけ、怖くなった。
「戻らなかったら?」
B男は短く答えた。
「戻りません。お客様が、次も強力を選び続けるなら」
A男は店を出た。
帰り道、コンビニの棚の前で立ち止まる。
派手な味、濃い味、刺激の強い味。全部が手招きしていた。
A男は一度、手を伸ばしかけて――引っ込めた。
その夜、白いご飯と味噌汁だけを食べた。
最初は、何も感じない。
だが三日目、味噌汁の湯気にふっと「香り」が戻ってきた。
四日目、白いご飯が、ほんのり甘い。
A男は箸を止めて静かに笑った。
強力が消えたあとに残るものが、やっと分かった気がした。
さて。
あなたが求める「強力な味」とは何だろう。
それは本当に“味”だろうか。
それとも、何かを感じなくするための麻酔だろうか。
次にあなたは、どちらを選ぶ?
「強力な味」は料理だけの話ではない。
刺激の強い情報、過激な言葉、怒りを煽る見出し、極端な成功談、即効性だけを謳うもの。
それらは一口目が強いぶん、慣れの速度も速い。
そして厄介なのは、刺激が強いほど「自分が強くなった」と錯覚しやすいところだ。
実際には、強くなったのではない。
感じるセンサーが鈍くなっただけかもしれない。
裏側をもっとはっきり言う。
世の中には「あなたの上限を上げて、戻れなくすることで利益を得る仕組み」がある。
あなたが強烈を求めるほど、次の強烈を売りやすくなる。
そしてあなたが“普通”をつまらなく感じるほど、あなたは買わされやすくなる。
問いはシンプルだ。
それはあなたを生かしている刺激か?
それとも、あなたの感覚を焼いていく刺激か?
最近、普通のものが「味気ない」「退屈」と感じるなら、
あなたが壊れたのではない。
刺激の階段を上りすぎただけだ。
数日だけでも“薄味”に戻すと、世界の輪郭が帰ってくる。
あなたの人生にとっての「旨味」は、
本当に“強力”の先にあるのか?
それとも、いったん降りた場所に、静かに待っているのか?