ときどき、心が勝手に動く。
動きすぎて、壊れそうになる。
だから、止めたくなる。
過剰防衛。
自分を守るための自動装置。
耐えきれない痛みから守るために、感情を止める。
たしかに、それで助かった日もある。
止めなければ、崩れていた日もある。
でも――
感情を止めることは、解決ではない。
感情を止めることは、人間性を止めることにもなる。
反対に、感情に身を任せるだけでは、
この経済社会の中で、トリガーを利用されるだけかもしれない。
押されるたびに反応して、引かれるたびに追いかけて、
気づけば、私は“動かされる側”になってしまう。
だから、もう一度、握り直す。
消すのではなく、溺れるのでもなく。
主権を私に戻す。
必要なときに感じる。
必要でないときは、距離を取る。
そのスイッチを、私の手元に戻す。
そのために、問いかける。
短くていい。
誰にも見せない問いでいい。
なぜ今、そんなことを口に出した?
なぜ今、そんなことが頭に浮かんだ?
それは、過去の痛みが生み出した反射か?
それとも、いまの私が選んだ言葉か?
感情に身を任せない。
感情と、上手に付き合う。
痛みや損から逃げて、快楽だけを追い求めるロボットにはならない。
変わっていく私がいる。
変わるべきではない私もいる。
その両方を抱いたまま、私は私でいたい。
だから、ここに置いておく。
心を動かす主権は、私にある。
私は、私の側に戻る。
揺れてもいい。
ただ、奪われない。
それだけで、今日は、十分だった。