人間に戻るとは、苦しみが増すことを意味しているのかもしれない。
麻痺が減る。
ごまかしが効かなくなる。
痛みも不安も、輪郭を取り戻す。
それは、怖い。
正直に言うと、私は怖い。
(ああ、これが“感じる”ということなのか…)と思う。
感じるほど、逃げたくなる。
逃げるほど、感じたくなる。
だから、ボタンを押したくなる。
気分転換という名の没頭に沈みたくなる。
脳だけが気持ちよくなるもの。
反応だけで、手軽に切り替わるもの。
考えなくて済むもの。
(楽になりたいだけなのに、どうしてこんなに遠回りになるんだろう。)
そんな感想が、静かに浮かぶ。
いつの間にか、私はそこで生き延びていた。
余計なことを考えないために。
現実を忘れるために。
思考を鈍らせるために。
刺激で塗り替えて、その場をやり過ごすために。
(ああ、私は“弱い”んじゃない。守ろうとしていたんだ。)
そう思えた瞬間、少しだけ胸がほどける。
でも、ひとつ分かったことがある。
それを避け続けるほど、私は人間に戻れなくなる。
痛みを感じない代わりに、喜びも薄くなる。
怖さを感じない代わりに、勇気も育たない。
そして気づけば、反応パターンだけで動く“ロボット化”が進む。
(このままじゃ、私の人生が、私の手から滑っていく。)
そんな直感が、背中を押す。
だから、選び直す。
急に完璧にはできない。
でも、方向だけは変えられる。
麻痺は悪じゃない。
ただ、私は、そこに長居しない。
いま欲しいのは、快楽だろうか。休息だろうか。
逃げたいのは、現実だろうか。それとも、感覚だろうか。
ここで立ち止まって、問いを置くだけで、少しだけ戻れる。
(問いって、こんなに静かな力だったんだ。)
そういう感想が、じわっと広がる。
そして私は、もう一度、体に戻る。
脳だけじゃなく、体に戻る。
これが、いちばん人間っぽい戻り方かもしれない。
体温の温度(熱量)。
皮膚の内側にある、微かな温もり。
呼吸の重さ。
胸の奥の、熱いような、冷たいような感覚。
言葉になる前の、静かな震え。
(ああ…生きてる。)
理由じゃなく、説明じゃなく、ただ実感としてそう思う。
この実感があるだけで、世界の見え方が少し変わる。
人間に戻るとは、
苦しみを増やすことじゃない。
苦しみをごまかさないことだ。
苦しみをゼロにするために麻痺へ沈むのではなく、
苦しみがあっても、主権を手放さないことだ。
(私は、私を置き去りにしたくなかったんだ。)
この感想が、胸の奥に残る。
私は、私の側に戻る。
今日は、全部は変えられない。
でも、戻れた。
一瞬でも戻れたなら、もう違う。
温もりを感じられる。
その感覚を、私は忘れたくない。
それだけで、今日は、十分だった。
…そして、なぜか少しだけ、泣きそうになった。