感覚そのものは同じなのか、それとも“似ていると思い込んでいるだけ”なのか──異星人との対話から立ち上がる、小さな思考遊戯。
A星人が、地球へやってきた。
人類にとって初めての異星人との公式な交流。
会見の様子は、全世界へと生中継されていた。
A星人は、一見すると地球人とよく似ていた。
目も鼻も口もあり、手足も二本ずつ。
話してみても、価値観や倫理観にそれほど大きな差はないように思えた。
ただ一つ、決定的に違っていたのは──
各器官の「役割」だった。
A星人の口は、地球人でいう肛門として機能していた。
逆に、肛門が「食べるための口」の役割を果たしているという。
目には鼓膜があり、音を聞き取る器官として使われていた。
耳には水晶体が備わっており、光を捉える器官として機能している。
鼻からは排泄物が出る。
匂いを感じるのは、尿道に相当する部位なのだという。
地球側の科学者たちは、その説明図を見て黙り込んだ。
どうやらA星の環境は、地球とは大きく異なっており、
進化の過程で、身体器官の「配線」が別の形に組み替えられていったらしい。
地球側の懸念は、ひとつだった。
器官の構造がここまで違うのなら、
「赤い」「甘い」「うるさい」といった感覚を
本当に共有できるのだろうか?
しかし、その心配は、少なくともA星人の側から見れば取り越し苦労だったようだ。
記者会見の場で、A星人の代表が穏やかに言った。
「ご心配には及びません。
私たちは、あなた方と感覚がよく似ていると判断したからこそ、
最初の訪問先として地球を選んだのです」
会場がざわついた。
「人間同士ですら、感覚には個人差がある。
辛いものが平気な人もいれば、少しの刺激で涙が出る人もいる。
それなのに、まったく別の星で、しかも器官の使い方まで違う存在と
“感覚が似ている”とは、どういう意味ですか?」
地球側の代表がそう問うと、A星人は、少しだけ嬉しそうにこう答えた。
「私たちは、想像力が豊かなのです。
たとえば、あなた方の『赤い』という感覚は、
私たちの世界では『少し温かくて、わずかにざらついた感じ』に近い、と
変換して理解しています。
『甘い』は、私たちにとっては
『軽く痺れるような心地よさ』として経験されます。
器官の構造や信号の種類が違っていても、
パターンと関係性さえ分かれば、
それを自分たちの感覚体系の中に“翻訳”できるのです。
つまり、『どんな入力が来たとき、どう反応したくなるのか』という
反応のかたちを手掛かりにすれば、
他種族の感覚もある程度、追体験できるのですよ」
地球側の代表は首をかしげた。
「しかし、人間でも『痛み』を快感として感じる人がいたり、
苦味をおいしいと感じる人がいたりと、
同じ刺激をまったく違うものとして感じることがある。
それでも“似ている”と言い切れるのでしょうか?」
A星人は、少しだけ間をおいてから、静かに笑った。
「ええ。
『似ている』と決めるのは、いつも受け手の側ですから。
あなた方が『この感じは分かる』と思えば、それは“共有された感覚”となる。
私たちも同じです。
想像力が及ぶかぎり、どんな器官の配置であっても、
どんな種類の信号であっても、
『これは、きっとこういう感じだろう』と
自分たちの中に“置き換える”ことができます。
ですから、こうして会話が成り立っているのです」
その場にいた地球人たちは、しばし沈黙した。
A星人の言う「感覚が似ている」という言葉は、
実際には「自分たちの想像力の範囲でなら、あなた方を理解できる」
という意味なのかもしれない──そう気づいた者も、少なくなかった。
もしかすると、元々この世界には
「音」も「色」も「風味」も存在しないのかもしれない。
そこにあるのは、ただの振動や波長や分子構造だけで、
私たちはそれを身体器官を通して受け取り、
「これは赤」「これは甘い」「これは痛い」と物語を与えているだけ、
という可能性も否定はできない。
そうだとすれば──
目で見たものを「光」と呼び
耳で聞いたものを「音」と呼び
舌で味わったものを「風味」と呼んでいるのは、
すべて「そういうふうに想像している」からに過ぎないとも言える。
異星人の器官がどれほど違っていても、
彼らが自分たちの感覚体系の中に
「これは、あなた方の言うところの“赤い”に近い」と
置き換えることができるのなら──
そこには、たしかに“共有された何か”があるのかもしれない。
逆に言えば、私たち自身のあいだでさえ、
本当に同じ「青」や「甘さ」を見ているかどうかは、
誰にも確認できない。
それでもなお、言葉を交わすことが出来ているのは、
私たちが無意識のうちに
想像力で、お互いの感覚の差を埋め続けているからなのかもしれない。
「想像力が及べば」
A星人のその言葉は、
私たちがふだん「当たり前の感覚」と呼んでいるものの足場まで、
そっと揺らしているのかもしれない