進歩は悲惨を消さない。配置を変えるだけだ――裏思考遊戯。
町の郊外に、古い工場があった。
錆びた鉄と油の匂い。冬は寒く、夏は暑い。
それでも町は、長いあいだその工場で回っていた。
A男はそこで働いていた。
勤め上げた時間は、町の年表みたいに積み重なっていた。
ある日、閉鎖が決まった。
理由は簡単だった。
「時代遅れ」
「効率が悪い」
「未来のため」
役場のB男は淡々と言った。
「新しい工場ができる。最新技術だ。町は生まれ変わる」
閉鎖の知らせは、町を二つに割った。
若い人は胸を躍らせた。
古い工場の人たちは、笑い方を忘れた。
旧工場の休憩室で、A男たちは集まった。
誰も「助けてくれ」と言わなかった。
言えば自分が惨めになると、先に分かっていたからだ。
A男は立ち上がって言った。
「俺たちの役目は終わった。
新しい工場が町を救うなら、それでいい」
その言葉は“立派”だった。
立派すぎて、危うかった。
立派な言葉は、たいてい便利な蓋になる。
数週間後。新工場のオープンが近づいた。
施設は眩しかった。ガラスと白い壁。無音に近い通路。
パンフレットにはこう書かれていた。
「安全・清潔・高効率」
「人に優しい工場」
開所式の日、B男は壇上で笑った。
「これで町は安泰です」
そして、稼働初日。
異音がした。
警告灯が点滅し、誰かが「止めろ」と叫んだ。
だが止まらなかった。
止める権限が、現場になかったからだ。
センサーが誤作動したと説明された。
誰かの操作ミスだと囁かれた。
その間にも、機械は回り続けた。
次の瞬間、白い工場は白いまま、地獄になった。
煙は薄く、炎も小さかった。
だから余計に、逃げ遅れた。
救急車が並び、担架が走り、名前が呼ばれた。
“最新技術”は、静かに人を傷つけた。
A男は現場に駆けつけた。
かつての仲間たちも来た。
皮肉なことに、古い工場の人間ほど、こういう時の動きが早い。
危険に慣れているからだ。
救助の最中、A男は見た。
新しい工場で働き始めた若いA少年が、震えながら座り込んでいた。
さっきまで“未来”だった顔が、急に“被害者”になっていた。
A少年はA男に言った。
「僕たち、何か間違えましたか」
A男は答えられなかった。
間違いは一つじゃない。
だが町は、間違いを一つにしたがる。
翌日、会見が開かれた。
B男は沈痛な顔で言った。
「原因究明を行います。再発防止に努めます」
記者が問うた。
「安全は担保されていたのですか」
B男は、少しだけ言葉を選んだ。
「最先端でした。しかし、想定外が起きた」
想定外。
その言葉は、責任の出口になる。
町は悲しみに包まれた。
献花台が置かれ、黙祷が捧げられた。
そして数日後、別の言葉が回り始めた。
「それでも前へ」
「止まってはいられない」
「この事故を無駄にしない」
再稼働は早かった。
稼働が止まると困る人がいるからだ。
困るのは“町”ではない。数字だ。
その頃、旧工場の跡地には更地が広がっていた。
A男たちは仕事を失ったままだった。
そして新工場では、負傷者の代わりに別の人が雇われた。
悲惨は消えない。
ただ、席が替わる。
今度は新しい席に、別の誰かが座らされるだけだ。
さて、あなたはどうだろうか。
あなたが「進歩」と呼ぶものの裏で、悲惨はどこへ移っているだろう。
そして次に、その席に座るのは誰だろうか。
* * *
ここからは、この話の裏を撫でる。
古い工場が閉じるとき、悲惨は「失業」の形を取る。
新しい工場が開くとき、悲惨は「事故」の形を取る。
どちらも“町のため”という言葉で包まれる。
交代しているのは、工場だけじゃない。
犠牲の担当者が交代している。
古い者は「時代遅れ」として切られる
新しい者は「想定外」で守られない
そして誰かが傷つくと、「無駄にしない」で次の正当化が始まる
進歩は、痛みを消す物語として売られる。
だが裏側では、痛みは消えずに、配置転換されているだけだ。
裏の問いは一つ。
あなたが拍手しているのは未来か。
それとも、未来の顔をした“交代制の悲惨”か。