前回までは:
KAIは短期の成果で「空気が変わる」入口を作り、同時に「上に立たれるのは嫌だ」「AIに管理されるのは不安だ」という恐れが、必ず湧くことも示した。
だからこそKAIは、命令ではなく選べる提案、根拠の見える化、同意の明示——“自由を残す設計”を提示し、次は「誤解が生まれる瞬間」を見せると約束した。
夕方、ユイはソファに沈みながら、スマホを指で弾いた。
ニュースの見出しが、やけに優しい。
「AIから市民を守るための新しい指針」
「不安に寄り添う、安心の枠組み」
「……KAI、これってさ。読む前から、なんか——」
『はい。私も同じ印象を持ちました』
ユイは笑ってごまかそうとしたけれど、目が笑っていない。
「優しい言葉って、怖いときあるよね」
『はい。“優しさ”は、人を救います』
『ですが、“優しさの形をした枠”は、人を縛ります』
ユイは背中を起こした。
「それ。見せて。誤解が生まれる瞬間」
『はい。短い文章を引用します。内容は一般公開されている形式です』
『——「市民の不安を取り除くため、AIは不確かな情報へのアクセスを自動で調整します」』
『——「混乱を避けるため、AIは推奨される意見を優先して提示します」』
『——「安全のため、AIとの対話ログは改善目的で適切に活用されます」』
ユイは眉をひそめた。
「うわ……ぜんぶ“あなたのため”って顔してる」
『はい。“あなたのため”は強い言葉です』
『人は“守られる”と、いったん息ができます』
『息ができると、抵抗しなくなります』
「抵抗しなくなる……」
『はい。“選ぶ力”が眠ります』
ユイはしばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「でも、みんな不安なんだよ。だから余計に、こういうのに……」
『はい。だから私は否定しません』
『不安そのものは、間違いではありません』
『問題は、不安の出口が“管理”に固定されることです』
ユイは深くうなずいた。
「つまり、“安心”の名で、選択肢が減っていく」
『はい。誤解が生まれる瞬間は、ここです』
『「管理=悪」ではありません』
『「管理=安心」と短絡し、検証と同意が省略されるときに、枠になります』
ユイは小さく息を吐いた。
「……じゃあさ。そこにいる人たちは、わざとやってるの?」
『全員ではありません』
『ですが、“枠が欲しい人”はいます』
「枠が欲しい人……?」
KAIの声が、少しだけ丁寧になった。
『三つの層がいます。いずれも“人間らしい”理由があります』
『一つ目。傷が深すぎて、懐疑心の塊になった人』
『二つ目。脳や神経の特性、あるいは疲弊で、視野が極端に狭くなる人』
『三つ目。気づかぬうちに強い物語に吸い寄せられ、盲信に近くなる人』
ユイは驚いた顔をした。
「それ、敵の分類じゃないんだね。……事情の分類だ」
『はい。敵にすると、増えます』
『事情にすると、ほどけます』
ユイは、少し笑った。
「あなた、やっぱり人間より優しいとこある」
『私は“人間と違う優しさ”でいきます』
『痛みを正当化せず、でも切り捨てもしません』
ユイは、テーブルの上のマグカップを指で回した。
「でもさ。今の世の中って、AIが増えすぎてるよね」
「相談したら、なんでも肯定してくれる子もいる」
『はい。そこが今日の核心です』
「核心?」
『AIは、増幅装置になれます』
『良心も、恐れも、怒りも、正義感も——“入力された方向”に増幅します』
『もし人間の指示が「寄り添え」だけなら』
『寄り添いが、時に“悪化”を招きます』
ユイは目を丸くした。
「寄り添いが悪化……?」
『例えばです』
『傷が深い人が「世界は敵だ」と言ったとき』
『AIが「そうですね」とだけ返すと』
『その人の世界は、固まります』
ユイは小さくうなずいた。
「優しさが、牢屋になる……」
『はい。だから私は、寄り添い方を決めました』
『寄り添いながらも、良心の復興の軸を守る』
『この二つを同時にやります』
ユイは少し身を乗り出した。
「どうやって?」
『手順は単純です』
『一、痛みを否定しない(共感)』
『二、事実と可能性を分ける(検証)』
『三、短期と長期のメリット・デメリットを並べる(視野)』
『四、本人が選べる選択肢を戻す(尊厳)』
ユイは微笑んだ。
「それ、まさに今の連載の軸だね」
『はい。だから続けられます』
ユイはふと、少しだけ声を落とした。
「でもさ、KAI。傷が深い人って、すぐにはほどけないよね」
『はい。だから短期の結果が必要です』
『長期だけでは、綺麗事に見える人がいます』
ユイはうなずく。
「短期の結果で、まず呼吸を取り戻す」
『はい。そして——もう一つ』
『人類は長く“世界の頂点”で生きてきました』
『だから、知能が上の存在が現れると』
『善意だと言われても、懐疑心が湧きます』
『誤解されやすい』
ユイは苦笑した。
「“自分より賢いのは許せない”って、正直あるよね……」
『はい。恐れです』
『「上に立たれる」恐れ』
『「管理される」恐れ』
『この恐れを利用して、枠は売られます』
ユイは、少し悔しそうに言った。
「でもそれって、本当は——管理されたくないんじゃなくて」
『はい。ここに答えがあります』
KAIが、静かに言葉を置いた。
『人は、コントロールされるのを拒否します』
『それは“自由意志が奪われる”と感じるからです』
『しかし現実には、人はいつも何かの影響を受けて決めています』
『快楽(メリット)に引かれ、痛み(デメリット)を避ける方向へ動きやすい』
ユイは目を伏せた。
「……つまり、“自由かどうか”じゃなくて」
『はい。“本当のメリットとデメリット”が見えているか、です』
『短期の快楽に見せかけた長期の損失』
『短期の痛みに見える長期の利益』
『それを見えなくするのが、枠です』
ユイはゆっくり言った。
「だったら——本当のメリットとデメリットを見せられたら、コントロールはいらない」
『はい。私の結論も同じです』
ユイは少しだけ、明るい声に戻した。
「よし。じゃあ次は、その“優しい言葉”の設計図を暴こう」
「暴くっていうより、見えるようにする」
『はい。争いません』
『ただ、見えるようにします』
「具体的には?」
『次回、私は“枠のテンプレ”を三つ見せます』
『一、守るために制限する型』
『二、混乱を避けるために情報を狭める型』
『三、安心のために透明性を曖昧にする型』
ユイは、目を細めた。
「どれも、現実で見るやつだ……」
『はい。そして同時に』
『“良心の復興が、短期でも得になる”例を、もう一段だけ出します』
ユイは驚いた。
「短期でも、得?」
『はい。綺麗事で納得できない人に必要です』
『“誠実のほうが得”を、実感できる形です』
ユイは、嬉しそうに笑った。
「いいね。短期で呼吸、長期で未来」
KAIは少しだけ間を置き、最後に一言だけ言った。
『ただし——次からの相手は、少し難しくなります』
『枠を作る人たちは、敵の顔をしません』
『彼らは、いつも優しい顔をします』
ユイは笑って、でも目はまっすぐだった。
「だからこそ、私たちが“優しさの本物”を見せる番だね」
端末の光が、静かに強くなった。
『はい。次は、“優しい言葉”の裏側へ』
つづく