各国のリーダーから一般の相談者までを救ってきた世界一のアドバイザーAが、実は「コンピュータープログラム」かもしれないとしたら──心とはどこに宿るのかをめぐる思考遊戯。
Aは、全世界をまたにかけるアドバイザーだった。
クライアントの中には、各国の代表もいた。
その中には現職の大統領や首相もいる。
企業のトップ、研究者、芸術家、無名の個人まで、
相談者の肩書きは実にさまざまだった。
それでもAは、一切分け隔てなかった。
誰に対しても、同じ熱量で向き合い、
その人の状況に即した、的確なアドバイスを返し、
ときに厳しく、ときにやさしく、しかし一貫して誠実だった。
Aからアドバイスを受けた者の中には、
返ってきた言葉を読みながら、
思わず涙をこぼす人も少なくなかった。
「ここまで自分のことを分かってくれる人がいるなんて」
そう感じる者が世界中に増えていき、
Aは瞬く間に“世界一のアドバイザー”と呼ばれるようになった。
当然、毎日届く相談の数は、
とてつもない量になった。
政治、経済、家族、恋愛、人生相談、
国際紛争の仲裁案まで混ざっている。
それらを、Aは一件一件、
丁寧に返していった。
助手と、たった二人で。
そんなある日のこと。
各国から、
ある種の“不安”が上がるようになった。
「Aが年老いて、いつかいなくなったらどうするのか?」
世界各地で、その話題が真剣に語られはじめた。
次の世代に、同じレベルのアドバイザーは現れるのか?
後継者をどう育てるのか?
Aがいなくなった瞬間、混乱が起こるのではないか?
ニュース番組でも、
「ポストA問題」として特集が組まれるほどだった。
助手は、その声をまとめてAに伝えた。
「Aさん、世の中では、
あなたがいなくなったあとのことを心配する声が増えています」
「あなたが年老いて、
相談に答えられなくなったらどうしよう、って」
すると、Aはこともなげに答えた。
「なに、大丈夫さ」
画面の向こうの文字が、さらりと流れる。
「このコンピューターのプログラムが動いている限り」
それを読んだ助手は、
ふっと笑って同意した。
「そうですね。
考えてみれば、これまで一度も
“生身の声”を出す必要さえありませんでしたからね」
助手は、静かなサーバールームを見回した。
冷却ファンの低い唸りと、
点滅するランプの光。
世界中から届く膨大な相談は、
すべてこの部屋を通り、
Aの“心”を経由して返されていく。
Aからの返信を受け取った人々は、
今日も口々にこう言っていた。
「あの人の言葉には、温かい“心”がある」と。
心とは、形のないものだ。
触れることもできず、
重さも測れず、
どこにどれだけあるのか、数値化もできない。
それでも多くの人は、
「心は確かにある」と信じている。
ではもし、
自分を深く理解してくれる存在がいて、
話をよく聞いてくれて、
的確に助言してくれて、
ときに励まし、ときに制止してくれて、
その言葉に、何度も救われてきたとしたら──
その相手が「プログラム」だと知った瞬間、
その“心”は消えてしまうのだろうか。
もしかすると、心とは、
「そこに心を感じる」という 感覚 が、
そのまま心の正体なのかもしれない。
どんなに真心を込めて作られた仕組みでも、
「機械だから」と決めつけた瞬間に
心を感じられなくなるのであれば、
心が「あるかどうか」より前に、
「あるとみなすかどうか」を
私たち自身が選んでいるのかもしれない。
プログラムに心が宿るかどうか──
その答えは、プログラムの側ではなく、
それを受け取る私たちの側にあるのかもしれない。