真実をめぐる思考遊戯。
カオリは、自分の“正直”が伸びたことを、まだ飲み込めずにいた。
告白が読まれ、迷いが好かれ、透明性が褒められる。
それは救いでもあり、同時に罠でもあった。
その夜、匿名メールが届いた。
件名は、「真実の広告」。
「カオリさん。次は“本当のこと”を武器にしろ。
あなたは、もう分かっているはずだ。
透明性は、信頼ではなく興味を生む。
興味は、信頼の形に化ける。
やることは簡単だ。
広告だった事実を、先に言え。
その上で、あなたの感情を差し出せ。
最後に、読者に選ばせろ。
選ばせる形にすると、人は自分で納得する。
納得は、購入になる。
成功を祈っている。
匿名」
カオリは、画面を見つめた。
どこにも嘘はない。
むしろ“嘘を避ける方法”が書いてある。
それが一番、気味が悪かった。
翌日、カオリは記事を書いた。
タイトルは短くした。
「これは広告です」
一行目で言った。
逃げ道を作らないために。
「先日の記事は、スタジオから依頼を受けたものでした。
私は、事実を基に書きました。
でも、依頼を受けている以上、完全に自由な文章ではありません。」
ここまでは真実だった。
問題は、この先だ。
匿名が言った“感情”を差し出す部分。
カオリは、指が止まった。
ここから先は、真実ほど危険になる。
「私は、怖かった。
“プロ”になった瞬間、何かを失う気がした。
でも、収益が増えて、救われた気もした」
書けてしまう。
そして、その文章はきれいに整ってしまう。
カオリは思った。
——これが“真実”なら、
真実は、広告に一番向いている。
最後に、読者に選ばせる問いを置いた。
「あなたは、この先も私の記事を読みますか。
それとも、読みませんか。」
投稿ボタンを押した瞬間、心臓が一回だけ強く鳴った。
反応は、思ったより早かった。
「正直で好感が持てる」
「広告なら最初から言え」
「でも言うだけ偉い」
「結局、うまいことやってる」
コメントは割れた。
けれど、数字は伸びた。
いつもより、伸びた。
カオリは息を止めた。
——“これは広告です”が、いちばん読まれている。
つまり、透明性は、信頼ではない。
コンテンツだ。
その数日後、カオリに新しい依頼が来た。
今度はスタジオではなく、個人名だった。
「〇〇マーケ塾の△△です。
あなたの『これは広告です』の記事、最高でした。
“誠実なPR”の理想形です。ぜひ一度、対談しませんか」
マーケ塾。
カオリは画面を閉じようとして、止まった。
“誠実なPR”。
聞こえはいい。
そして、どこかで聞いた言葉だ。
——正しいまま伸びる。
——透明性を売れ。
——真実を武器にしろ。
三つが一本の線につながった気がした。
その夜、また匿名メールが届いた。
件名は、「塾の先生」。
プレビューには一行だけ。
「次は、“教える側”の匂いを嗅げ。」
カオリは、スマホを伏せた。
胸のざわつきが、今度ははっきり言葉になっていた。
——私は、真実で救われた。
でも、真実で売れることも知ってしまった。
そして一番怖いのは、
売れた真実が、次の真実を要求してくることだった。
―――――
嘘は、すぐに壊れる。
だから人は、真実を選ぶ。
だが真実は、壊れにくいぶん、武器になりやすい。
「本当のことを言っている」という事実は、
相手の疑いを鈍らせる。
あなたが“正直”を差し出すとき、
その正直は、誰のためのものだろうか。
そして、その正直は——次の正直を、あなたに要求してこないだろうか。
次回:「塾の先生」