山盛りは、祝福に見える。
だが、誰かの空腹がその下に埋まっている。――裏思考遊戯
山村では、秋になると収穫祭が開かれる。
広場の中央に、果物と野菜が山のように積まれる。村の誇り――「豊穣の山盛り」。
それは毎年、少しずつ大きくなっていった。
村人は笑い、写真を撮り、子どもははしゃぐ。
誰もが同じ言葉を口にする。
「今年も豊作だな」
A男は、その言葉が喉に引っかかった。
今年は不作だった。畑を見れば分かる。畑の量では、あの山は作れない。
その違和感を、噂が追い越してきた。
――あの山は、他所から“集めた”ものだ。
集めた、ではなく、奪ったのだ、と。
A男は長老に聞いた。
「今年、こんな量は採れてない。山の作物、どこから来た?」
長老は目も動かさず言った。
「村の繁栄は村の努力の結果だ。余計な穴を掘るな」
A男は引かなかった。
夜、倉庫へ回った。鍵は閉まっていたが、古い扉は甘かった。
中には、見たことのない品種が並んでいた。
箱には別の村の印が押され、端には手書きの紙が貼られている。
「奉納:不足分は来年倍」
「遅延:来季の水利停止」
「協力:村の安全を保証」
協力。保証。奉納。
全部、柔らかい言葉だ。
だが読めば分かる。これは命令だ。
A男は、山盛りの正体を理解した。
あの山は“豊穣”ではない。
沈黙の領収書だ。
収穫祭の朝。
広場は熱気に包まれ、山盛りは陽光に輝いていた。
A男は壇上に上がった。
箱の紙を掲げ、声を張った。
「この山盛りは、他所から奪ったものだ!
うちの繁栄は、他人の犠牲の上に立ってる!」
一瞬、空気が止まった。
次の瞬間、怒号が飛んだ。
「ふざけるな!」
「伝統を汚すな!」
「村を売る気か!」
長老は落ち着いた声で言った。
「A男、お前は“正しい”のかもしれん。
だが、正しさで腹は膨れん。
この村が生き残るには、優先順位がある」
A男は叫び返した。
「優先順位? それが他所の村の飢えなのか!」
長老は、わずかに笑った。
「違う。
他所の村が飢えているのは、うちのせいじゃない。
うちは“機会”を掴んだだけだ」
その言い方が、A男の胸を冷たくした。
機会。
奪うための言葉。
そのとき、群衆の後ろから女が一人、前に出た。
顔は見慣れない。だが目は覚えている。
数年前、山道の市で野菜を売っていた女だ。
女は静かに言った。
「……奪われた村の者だ」
広場がざわめいた。
女は続けた。
「うちの村は、今年も“奉納”した。
あんたらの山盛りが大きくなるほど、うちは小さくなった。
でもね――あんたらだけが悪いわけじゃない」
女は、山盛りを見上げた。
「うちも、最初は黙った。
黙れば、次は自分じゃないと祈った。
でも、それは違った。黙った瞬間に、契約が成立したの」
村人の何人かが目を逸らした。
誰もが、何かを思い出している顔だった。
A男は唇を噛んだ。
(やっぱり、知ってたんだ)
長老が言う。
「聞いたな。知ってる者は、知ってる。
だが――それでも祭りは回る。
祭りが回る限り、この村は生きる」
A男は震えた。
「それが“生きる”ってことか」
長老は答えない。
答えないまま、群衆を見渡した。
そして、誰も壇上に上がってこない。
誰も長老を止めない。
誰もA男の隣に立たない。
A男は気づく。
この村の平和は、山盛りでできているんじゃない。
黙る人間の数でできている。
祭りは、結局そのまま続いた。
太鼓が鳴り、酒が回り、笑い声が戻る。
山盛りは崩され、配られ、空になっていく。
夜。
A男は一人で倉庫の前に立った。
扉に貼られた紙の端を指でなぞる。
奉納。保証。協力。
A男の耳に、昼間の女の言葉が残っている。
「黙った瞬間に、契約が成立した」
さて。
あなたの周りの“山盛り”は何でできているだろう。
努力か。運か。才覚か。
それとも、見えない場所の 誰かの不利益か。
そして――
あなたがそれを知ったとき、何を守るだろう。
真実か。平和か。
それとも、自分が罰せられない形か。
裏側の話をする。
山盛りは、豊かさの象徴に見える。
でも本当は、「これだけ奪っても反乱は起きない」という実験結果の展示でもある。
奪う側は「伝統」と言う。
奪われる側は「仕方ない」と言う。
どちらも、現実を長持ちさせる呪文だ。
一番残忍なのは、奪う手でも、奪われる弱さでもない。
知っていながら黙る“普通”だ。
普通は、加害者にも被害者にもなれる。
そして多くの場合、普通は「自分だけは関係ない」と思いながら、山盛りの一部になる。
あなたの足元にある豊かさが、どこから来たのか。
それを見ようとする瞬間から、もう“祭りの外”に立っている。