類似性をめぐる思考遊戯。
カオリは今日も、画面の光だけで部屋を照らしていた。
ブログだけでミリオネアになる——その言葉は、口にすると途端に薄くなる。でも、薄くなるからこそ、毎日書いて濃くするしかなかった。
書く内容は、メンタルヘルスと「稼ぎ方」だ。
自分が苦しいときに救われた考え方。実際に試して変わった習慣。ついでに、WordPressの手順もまとめる。
嘘は書いていない。体験だけを書いている。なのに、数字だけが動かない。
カオリは、人と直接つながらない。
問い合わせフォーム、メール、外注サイト。必要なやり取りは、全部“窓”越しだ。距離があると落ち着く。距離があると、断られた痛みも薄い。
最近はAIも使うようになった。文章は増えた。
けれど、増えたのは記事数だけで、読まれる感じは増えていない。
まるで、誰もいない街に看板だけが増えていくみたいだった。
その日の夕方、メールが一通届いた。
件名は「類似性の物語」。
見知らぬ送信者。署名だけがある。——匿名。
開くと、短い文章が並んでいた。
「カオリさん。あなたは才能がないのではない。
“似ること”を、禁じているだけだ。
人は、知らないものを買わない。
人は、知らない声を信じない。
だから、まず"知っている形”で差し出せ。
人気ブログを研究しろ。
言葉の温度、見出しの幅、結論の置き方。
完全にコピーするな。だが、読者が“既視感”を感じる程度に寄せろ。
あなたが欲しいのは、独創性ではなく、入口だ。」
カオリは笑いそうになった。
あまりに普通だ。あまりに当たり前だ。
——なのに、胸の奥に刺さった。
「似ることを禁じているだけだ」
その言い方だけが、異様に優しかった。
まるで、誰にも言えなかった罪を、最初から“罪じゃない”と言い換えてくれるみたいに。
翌日からカオリは、人気ブログの“型”を分解した。
タイトルの角度、導入の短さ、例え話の置き方。
自分の言葉で書き直しながら、少しだけ他人の影を混ぜる。
すると、アクセスが伸びた。
AdSenseの数字も、ほんのわずか上がった。
カオリは、自分を褒めたくなった。
努力がやっと報われた、と言ってしまいたかった。
ただ、同時にもう一つ思った。
——これは、私の文章なのだろうか?
画面の中の言葉は、確かに自分が打った。
けれど読者が反応したのは、言葉の意味というより、“見覚えのある形”だった気がした。
その夜、またメールが届いた。
件名は、「性行為の抜け道」。
本文はまだ開いていないのに、プレビューの一行だけが目に入った。
「次は、もっと早い。」
カオリの指が、マウスの上で止まった。
部屋の空気が、少しだけ冷たくなった気がした。
―――――
「似ている」は、安心を作る。
安心は信頼を作る。
信頼は、お金に変わる。
問題は、その順番があまりにも美しく、あまりにも正しいことだ。
だからこそ人は、どこで“自分”を手放したのかを見失う。
学ぶことと、盗むことは、見た目がよく似ている。
そしてネットの世界では、似ているほど褒められやすい。
あなたが「似ることで入口を作る」とき、
あなたの入口を作っているのは、あなた自身だろうか。
それとも、匿名の顔をした“仕組み”だろうか。
次回:「性行為の抜け道」