罠は、獣を捕まえる道具じゃない。「必要な犠牲」を量産する装置になる――裏思考遊戯。
とある国の小さな村に、狩猟で暮らす親子がいた。
A男は熟練の猟師で、A少年もそれを手伝っていた。
最近、村の周辺では「凶暴な野獣が出た」と騒がれていた。
畑が荒らされ、家畜が減り、誰かの怪我も増えたという。
村は恐れ、村長のB男は言った。
「確実に仕留めろ。村を守るためだ」
A男とA少年は森へ入り、罠を仕掛けた。
獣道を読み、足跡を見て、風を嗅いで――それでもB男の言葉が引っかかっていた。
「確実に、だ。取り逃がすな。大きく作れ」
A男は慎重な猟師だった。
「狙いは一つ」を好む。
だが今回は、罠が“広い”ほうへ調整されていった。
逃げ道を潰し、誘導を増やし、通るものを選ばない形に。
数日後、知らせが来た。
「かかったぞ」
親子が現場へ向かうと、そこには予想を超える光景があった。
凶暴な野獣ではない。
小動物が、何匹も、何十匹も――折り重なるように倒れていた。
罠に絡まり、血が乾き、まだ息のあるものが震えていた。
A少年が崩れた。
「父さん……俺たちが、やったのか」
A男は答えられなかった。
罠は確かに自分たちが作った。
だが、自分たちの中にあった“狩り”の形とは違った。
これは狩りじゃない。処理だ。
村へ戻ると、B男は驚かなかった。
むしろ、ほっとした顔をした。
「よくやった。これで安心だ」
A男は言った。
「違う。獣じゃない。無差別にかかった。保護対象も混じってる」
B男は肩をすくめた。
「結果が出た。それが大事だ。
“危険”が減ったなら、村は救われる。細かい話は後だ」
その夜、A少年は眠れなかった。
鳴き声が耳の裏で鳴り続けた。
「父さん、正しいことをしたのか?
野獣を捕まえるために、こんなに多くを犠牲にしていいのか?」
A男は低い声で言った。
「正しいかどうかじゃない。
俺たちが作ったのは、もう“罠”じゃない。
正しさを支えるための道具になってる」
翌朝、親子は役場へ行った。
倉庫には、毛皮、肉、骨――“成果”が整然と並んでいた。
その横でB男が書類に判を押していた。
「駆除協力金だ。頭数で増える。村のために回す」
A男はそこで気づいた。
罠が大きくなった理由が、村を守るためだけじゃないことに。
B男は笑った。
「村は怖い話が必要なんだよ。
野獣がいると言えば、皆がまとまる。予算も出る。
そして“成果”が出れば、来年も出る」
A少年の顔が白くなった。
「じゃあ、野獣は……」
B男は答えなかった。
答える必要がない顔をしていた。
森の奥で、本当の獣が一度も現れなかったこと。
代わりに、罠が“成果”だけを積み上げたこと。
その沈黙が答えだった。
A男は罠を見直す決意をした。
だが同時に分かった。
罠を変えても、村が欲しがるのは「獣の死」じゃない。
恐怖を正当化する成果だ。
成果が必要なら、罠はまた大きくなる。
誰かが止めない限り。
さて、あなたはどうだろうか。
あなたが「目的のため」と言ったとき、そこに罠はないだろうか。
狙いは本当に一つか。
それとも、目的の裏で“成果”が増える仕組みに飲まれていないだろうか。
ここからは、この話の裏側の話をする。
罠の虐殺は「失敗」ではなく、「成功」として扱われることがある。
なぜなら、目的が“野獣を捕まえる”ではなく、成果を積み上げることにすり替わっているからだ。
「確実に」という言葉は便利だ。
確実に守る。確実に減らす。確実に安心する。
だが裏側では、確実に起きるものがある。
対象の選別が消える
副作用が仕様になる
頭数が正義になる
“やった感”が次の予算になる
犠牲が増えるほど、正当化が強くなる
この構造が出来た瞬間、罠はただの道具じゃなくなる。
責任の分散装置になる。
誰もが「村のため」と言い、誰もが手を汚し、誰もが少しずつ無関係になる。
裏の問いは一つ。
自分が欲しいのは目的か。
それとも、目的のふりをした“成果”か。