「空は青い」「この映画は感動する」そう言っておけば、日常はうまく回る。本当はそう感じていなくても。やがてA男は、同じように世界に違和感を抱えた女性と出会うが、二人の間に生まれたのは“完全な理解”ではなく、たった一つのずれから始まる思考遊戯だった。
A男は、筋金入りの嘘つきだった。
と言っても、騙して金を奪ったり、人を陥れたりしたことは一度もない。
彼の嘘は、ただ一つの目的のためだけに使われてきた。
――普通の人間として、生き延びるためだ。
たとえば、子どもの頃。
先生が「空は何色に見えますか?」と聞いたとき、
クラス中が揃って「青!」と答えた。
A男には、その「青」が分からなかった。
彼の目に映る空は、
どこか金属を薄く削いだような、冷たい灰色がかかった色で、
絵の具のどのチューブを見ても当てはまるものがなかった。
けれど、彼は空気を読んだ。
「……あ、青です」
それが、最初に覚えた“正解の嘘”だった。
トマトもそうだった。
周囲は一様に「真っ赤だ」と笑うが、
彼には、あれが「赤い」とは到底思えなかった。
色だけではない。
指を切ったとき、皆が「痛い!」と顔をしかめるのを見て、
A男は頭をひねった。
自分にも、それらしい信号は来る。
ただ、それを彼は「痛い」とは感じていなかった。
(ああ、“ここを守ったほうがいい”っていう合図だな)
彼にとってそれは、
熱いものに触れたときに流れる“注意報”に近かった。
世間が「美しい」と絶賛する景色や芸術作品も同じだ。
称賛の言葉が飛び交うなか、
A男の胸は、まったく動かなかった。
代わりに、
ひび割れたコンクリートの隙間から生えた雑草だとか、
夜の高速道路の、黄色いライトが延々と続く光景に
妙な安らぎと美しさを感じていた。
本当のことを言おうとすればするほど、
会話は噛み合わなくなり、
相手は引き、関係はぎくしゃくしていく。
だから彼は、決めたのだ。
「感じていることではなく、
相手が“期待している答え”を言おう」
それからというもの、
空は青く、トマトは赤く、
指を切れば「痛い」と言い、
評判のいい映画には「感動した」と感想を述べるようになった。
A男の人生は、嘘に守られた平穏でできていた。
そんなある日のこと。
「少数感覚者の交流会」という、不思議な名前の集まりに
半ば好奇心で参加したときのことだった。
ひとりの女性が、ふと窓の外を見ながら言った。
「空って、金属を薄く伸ばした板に、
すこしだけ傷をつけたみたいな色に見えません?」
A男の心臓が、一瞬止まった気がした。
「……え?」
思わず声が漏れる。
女性は、こちらを振り向いた。
「変な例えですよね。でも、昔からそう見えるんです。
『青』と言えば角が立たないので、普段はそう言ってますけど」
A男は、ほとんど反射的に口を開いた。
「トマトって、“赤い”ですか?」
「え? どう考えても赤くないですよね。
なんか……濃くなった湿った土の、一部だけが鮮明になった感じです」
そこから先は、早かった。
「痛み」の感じ方。
「美しい」と思うものの傾向。
人が「おいしい」と言う料理を食べたときの、
あの何とも言えない違和感。
二人の言葉は、驚くほど噛み合った。
A男は、生まれて初めて、
嘘をつかずに会話を続けることができた。
その日から、
彼はその女性にだけは、本当の気持ちを打ち明けた。
相手も同じだった。
やがて二人は、自然な流れで結婚した。
「世界でただ一人、わかってくれる人だ」
そう信じられたからだ。
いくつもの季節が過ぎたある夜のこと。
ソファに並んで座り、
人気のドラマを観ていたときだった。
エンドロールが流れ始める。
A男は、ふっと微笑んで言った。
「なんか、残酷だね、この話」
妻は、目を潤ませたまま首を振る。
「え? 私はすごく優しい物語だと思った」
A男は、驚いて顔を向けた。
「優しい? どこが?」
「だって、主人公は最後まで人を見捨てなかったし……
自分が損な役回りを選んででも、誰かを守ろうとしてたじゃない」
A男は、胸の奥にひっかかりを覚えた。
「でも、あのラスト、
結局“助かったほうが後悔し続ける”形になってたでしょ。
あれって、ある意味で、相手に苦痛を押しつけてる気がするんだよ」
「そうかなあ……。
私はむしろ、“生きて後悔する自由”を残してくれたように感じたけど」
二人は、初めて本気で言い合いになった。
それは他人から見れば、
「ドラマの解釈が少し違う」程度の、些細なことに見えただろう。
しかし、二人にとっては違った。
「同じように見えている」
「同じように感じている」
そう信じていた、その根っこの部分に、
微妙ではあるが、はっきりとしたズレが顔を出した瞬間だった。
その後も、いくつかの作品を一緒に観るたびに、
小さな違いが浮かび上がった。
色や感覚、痛みの信号。
たしかに、それらはよく似ていた。
けれど、
そこから先に組み立てられる“意味”の形は、
どうやら完全には一致していないらしい。
ある夜、妻がぽつりと漏らした。
「ねえ、私たちって、
“世界でただ一人、まったく同じ感覚を分かち合える相手”
だと思い込みたかっただけなのかもしれないね」
A男は、黙ってそれを聞いていた。
彼の胸に浮かんだ言葉は、
どれもどこか嘘っぽく聞こえてしまった。
やがて二人は、
離婚届にサインをした。
もちろん、喧嘩別れではない。
友人として連絡を取り合い続けることも、自然に決まった。
ただ一つ──
「世界で唯一、完全に分かり合える存在」
という幻想だけが、
静かに幕を閉じたのだった。
感覚を言葉で表すことは、
一見簡単そうに見えて、実はきわめて曖昧だと言える。
空を見て「青い」と言うとき、
そこに含まれているのは、
波長としての“青”
言語として学んだ“青”
思い出や印象を伴った“青”
が、ごちゃまぜになった何かだ。
それが人によって、まったく同じである保証はない。
本来なら、
感覚は「似ている部分」と「似ていない部分」が
入り組んだまま存在しているはずだ。
それでも私たちは、
生きやすくするために、
「たぶん、同じように感じているはずだ」
と、ざっくりと括ってしまう。
共感とは、
そのざっくりとした括り方の上に
そっと立っているバランスゲームなのかもしれない。
もしかすると、「完全な共感」などは最初から存在せず、
ただ「それでも、分かりたいと願い続けること」だけが
かろうじて私たちを繋いでいるのだろうか。