理解できないのは、相手が違うからではなく、同じだと思い込みすぎるからかもしれない。そんな思考遊戯。
コウモリAは、洞窟の天井にぶら下がったまま、仲間たちへ音波のメッセージを送った。
「……あいつらは、私たちのことをまったく理解していない」
周りのコウモリたちが、細かな反響で同意を返す。
コウモリAは続けた。
「私たちが感じているものも、人間が感じているものも、本質は同じだ。
なのに人間は、そんな簡単なことにすら気づけていない」
仲間の一匹が、すぐに返した。
「そうだ、そうだ。
私たちは人間の気持ちが分かるのに、あいつらは“コウモリにならないと理解できない”なんて言う」
コウモリAは、少しだけ沈黙し、やがて言った。
「……いや。あいつらの言い分も、分からないでもない。
感覚の核は同じでも、身体の仕組みが違う。
それに私たちは、あいつらのいう“言葉”を話せない」
すると別のコウモリが、軽い反響で笑った。
「言葉なんてなくても、こうして音波で伝えられる。
むしろ、そのほうが楽じゃないか?」
コウモリAは、どこか面倒そうに答えた。
「楽すぎるのも問題だろう。
曖昧なまま伝わった気になれば、誤解が混ざる。
それで社会が混乱する、と人間は言うんだろうよ」
仲間たちも、うなずくように反響を返した。
「確かに、人間は複雑だ。複雑にしすぎて、混乱している」
コウモリAは、天井で小さく揺れながら言った。
「人間とは、いらぬ気苦労が多い生き物だな。
コウモリに生まれてよかった。
こうしてぶら下がって、考えて、会話しているだけで十分楽しい」
反響が重なり、洞窟の空気が柔らかく震えた。
そのとき、ふとコウモリAは思った。
(……本当に、同じなんだろうか?)
同じだと思うから、簡単に分かった気になれる。
けれど、同じだと思うからこそ、決定的な違いを見落とす。
コウモリAは、その考えを仲間には送らなかった。
送れば、少しだけこの静けさが壊れる気がしたからだ。
―――――
理解できないものを、真に理解するのは難しい。
そう思いがちだ。
けれど、実は逆で、難しくしているのは「理解できない」という前提よりも、理解できるはずだという前提なのかもしれない。
「ありのままを感じるままに理解できれば」たしかに楽だ。
ただ、感じ方が違うということは、同じ世界を見ているようで、別の世界に生きている可能性を含んでいる。
理解とは、相手を自分の型に当てはめることではなく、
自分の型が通用しない場面を認めること――そんなふうにも思える。
分かり合えることが希望だとしても、
分かり合えないところを残したまま、丁寧に近づくのが現実なのかもしれない。