怪物より先に、人は人を食う――裏思考遊戯。
森の奥に、小さな村があった。
村は穏やかで、畑はよく実り、火は静かに燃えている。
ただ一つだけ、村には「便利な闇」があった。
森には怪物がいる。
誰も見たことはない。
だが、みんなが知っていることになっている。
夜になると、噂は強くなる。
火のそばで、子どもが泣く。大人が顔を曇らせる。
誰かが言う。
「森に入るな。怪物がいる」
その言葉があるだけで、村は一つにまとまる。
恐怖は共同体を作る。だから手放しにくい。
ある日、若者のA男が長老の家に呼ばれた。
B長老は重い声で言った。
「お前は若い。足も速い。目も良い。
森の奥へ行き、怪物の正体を確かめてこい」
A男は喉が乾いた。
断りたい。だが断れば言われる。
臆病者。
村が一番嫌う言葉を、村は一番簡単に使う。
A男は頷いた。
勇敢だからじゃない。疑われるのが怖いからだ。
森は、噂より静かだった。
風の音。木の軋み。鳥の羽ばたき。
そのどれもが、怪物の声に聞こえる。
A男は足を止めるたび、自分を叱った。
怖がるな。進め。
怖がるな。進め。
だが怖さは消えない。
怖さは消すものじゃない。握りしめて運ぶものだ。
やがてA男は、洞窟を見つけた。
入口は黒く、奥から「ううう」という不気味な音が漏れている。
噂が現実になったみたいだった。
A男は松明を掲げ、洞窟に入った。
一歩、二歩。
奥で巨大な影が揺れる。
A男の心臓が跳ねる。
足が止まる。
戻りたい。逃げたい。
その瞬間、頭の中に村の声が響く。
臆病者。
嘘つき。
見逃したんだろ。
A男は唇を噛み、影に近づいた。
松明の火が影を照らした瞬間――
影は、ただの大岩だった。
奇妙な形の岩。
音は、風が洞窟を抜ける音。
怖さを増幅する仕組みが、そこにあっただけだ。
A男は膝から力が抜けた。
安堵した。
同時に、嫌な予感がした。
「これを言ったら……村は喜ぶだろうか?」
怪物がいない報告は、村を救うはずだ。
だが救いは、いつも歓迎されるとは限らない。
A男は村へ戻った。
村人たちは集まり、A男の顔を覗き込んだ。
B長老が言う。
「どうだった」
A男は息を整え、正直に言った。
「怪物はいなかった。洞窟には大きな岩があっただけだ。
音も風だった。噂に食われてた」
一瞬、沈黙。
次に起きたのは、安堵ではなかった。
笑いでもなかった。
冷たい目だ。
誰かが言った。
「本当に? じゃあ、今までの恐怖は何だったんだ」
別の誰かが言う。
「お前、怖くて奥まで見なかったんだろ」
また誰かが言う。
「臆病者が、臆病をごまかすために嘘をついてる」
A男は言葉を失った。
真実を持ち帰ったのに、真実が罪になる。
B長老は、ゆっくり頷いた。
「A男。もう一度行け。
怪物がいないと言うなら、証拠を持ってこい。
証拠がないなら、お前の言葉は軽い」
その言葉に、村の空気が乗った。
村は「怪物がいない」より、「怪物がいる」方を信じたい。
なぜなら怪物がいれば、村は安全にまとまれるからだ。
A男はその夜、眠れなかった。
洞窟の岩より、村の目の方が怖かった。
翌朝、A男は再び森へ向かった。
証拠のためじゃない。
自分の中にある「臆病」という言葉と、決着をつけるためだ。
洞窟に入る。
岩の前に立つ。
A男は岩に触れた。冷たい。
そして気づいた。
村が恐れていたのは、怪物じゃない。
怪物がいない世界だ。
怪物がいないなら、村は理由を失う。
守るための規則、縛るための正しさ、誰かを叩くための正義。
それらが揺らぐ。
怪物は、必要だった。
村の秩序のために。
誰かを臆病者と呼べる場所を残すために。
A男は岩の前で、声に出した。
「臆病は悪じゃない。
臆病は、危険を知らせる。命を守る。
問題は臆病じゃない。臆病を罪にして人を黙らせることだ」
A男は村へ戻った。
村人たちはまた集まった。
A男は言った。
「怪物はいない。
そして、俺が怖かったのも事実だ。
怖かったから確認した。怖かったから戻ってきた。
怖さを認めて進むのが、勇気だ」
村は揺れた。
だがすぐに誰かが言った。
「綺麗事だ」
A男は頷いた。
「綺麗事でいい。
綺麗事を笑うのは簡単だ。
でも、恐怖でまとまる村は、いつか必ず誰かを食う」
A男は最後に付け足した。
「怪物が必要なら、作ればいい。
ただし、作った怪物に食われるのは、いつも人だ」
さて。
あなたが「臆病」と呼んできたものは何だろう。
それは本当に、弱さだろうか。
それとも、あなたを守ってきた警報だろうか。
そして――あなたが疑っているのは、本当に怪物か。
それとも、怪物がいない世界の方か。
裏側を言う。
臆病は、攻撃されやすい。なぜなら証明しにくいからだ。
「怖い」と言った瞬間、弱さ扱いされる。
「怖くない」と言った瞬間、無謀扱いされる。
どちらに転んでも、他人は言える。
だから「臆病」というラベルは、支配に向いている。
そして人は、怪物が好きだ。
怪物がいれば、説明が楽になる。
不幸の原因を、外に置ける。
責任を、自分の外へ捨てられる。
怪物がいない報告は、救いではなく、面倒になる。
自分で選ばなきゃいけない。
自分で責任を取らなきゃいけない。
だから真実は疑われる。
疑われる真実を言う人が、臆病者にされる。
この話で言いたいのは一つだけ。
臆病は悪ではない。
臆病を使って、人を黙らせる仕組みが悪だ。
もし今あなたが、何かを怖がっているなら、まずそれを否定しないでいい。
怖いから確認する。怖いから準備する。怖いから話す。
それは弱さじゃない。生存の知恵だ。
そしてもし、あなたの周りが「怪物」を必要としているなら、
その怪物は本当にいるのか。
それとも、誰かが安心のために飼っているのか。
疑うべきは、臆病じゃない。
臆病を罪にする声の方だ。