今日、買い物の途中で、言葉が落ちてきた。
努力でも決意でもなく、ただ、静かに。
「こうなりたい」じゃない。
「こうしたい」でもない。
自分に戻る。
昔は、人を動かすことばかり考えていた。
言葉を磨けば、空気を読めば、仕組みを作れば、世界は動く。
そう信じたかった。
でも、ふと気づく。
自分の心ひとつ、ちゃんと扱えていない。
不安に引っ張られたり、焦りに押されたり、
見えない誰かの目に、言葉が細くなったりする。
そんな自分のままで、他者をどうこうするなんて、できるはずがない。
仮にテクニックで“できた”としても、
それはその場しのぎが繰り返されるだけだ。
今日、時間の使い方を探していた自分に、答えが落ちてきた。
余りすぎた時間を、外じゃなく、内側に使ったらどうなるだろう。
もしかしたら、欲しかったものは、お金だけじゃない。
「大丈夫」と言える呼吸。
戻ってこられる感覚。
揺れても折れない、静かな芯。
楽しみも必要で、苦しみや痛みも必要で。
楽しみながら、苦しみながら、
それでも、私は私と歩いていく。
自分をつくるとは、成長と同時に、
自分に戻ることなのかもしれない。
これは「自分さえ良ければいい」と似ているようで、真逆だ。
自分勝手は、外を荒らす。
自分に戻るのは、内を整える。
まだ遅すぎることはない。
今から始める。
そう思えた瞬間、時間が急に大切になって、少しだけ胸が熱くなった。
「こうありたい」と思う自分は、まだまだ沢山ある。
これだけは、少しくらい欲張っていい。
だから、まずはこの一文だけを置いておく。
私は、私の側に戻る。
焦ったら、戻る。
比べそうになったら、戻る。
言葉が細くなったら、戻る。
そして、次は――
自分が発した言葉。
頭に浮かんだ言葉。
その一つひとつを、丁寧に確かめていく。
今日、買い物の途中で拾った言葉は、
たぶん、これからの私を支える。
うまくできない日があってもいい。
揺れる日があってもいい。
私は、戻れる。
何度でも。
それだけで、今日は、十分だった。