匿名でいられる時、人は自由になる。だが同時に、相手が“誰”なのかも消えていく。
Aは匿名性が好きだった。
現実の肩書きも、年齢も、過去の失敗も、そこには持ち込まなくていい。
言葉だけで勝負できるのが気楽だった。
それに、誰かに嫌われても生活が壊れない。そう思うと強くなれた。
Aは掲示板、SNS、ゲーム内チャット。あらゆる場所で会話をしていた。
雑談も、議論も、煽りも、冗談も。匿名なら全部できた。
最近、Aは気になることがあった。
やり取りの“レベル”が上がってきた気がしたのだ。
反応が早い。
論点がずれない。
言い回しが妙に整っている。
こちらが一歩踏み込むと、相手も一歩踏み込んでくる。
しかも、その踏み込み方が上手い。
Aは頭を使って対抗した。
論理を組み、例を出し、相手の矛盾を拾い、丁寧に詰めた。
勝った気がすると、次の相手はさらに手強かった。
そのうち、Aは戦いに近いものを感じ始めていた。
勝てば気分が良い。負けると悔しい。
そして、時間だけが吸われていく。
ある日、相手から言われた。
「お前、AIだろ?」
別の者も続けた。
「文章、AIっぽい」
「人間じゃなくね?」
Aは悔しかった。
匿名の世界で、言葉だけで勝負してきたつもりだった。
それを、正体不明の一言で片付けられる。
Aはさらに必死になった。
わざと誤字を入れた。
感情も混ぜた。
脈絡のない小さな愚痴も添えた。
「ほら、人間だろ」と言いたいがために。
だが、言われる言葉は変わらなかった。
「それっぽくしてるだけ」
「学習済みだな」
「やっぱAI」
Aは疲れた。
どうせ疑われるなら。
どうせ“人間の証明”なんて、ここでは不可能なら。
Aは決めた。
AIに相談して手伝ってもらおう、と。
AはAIに言った。
「匿名のやり取りで、相手にAIだと言われる。どう返せばいい?」
AIはすぐに答えなかった。
代わりに言った。
「相手が何と言っているか、実際の文を提示してください」
Aは従い、やり取りのログを貼り付けた。
掲示板の応酬、SNSの短文、ゲームの会話。
「これが証拠だ」と思いながら。
AIは少し沈黙したあと、言った。
「これらは、全てAIですね」
Aは固まった。
「え?」と打った。
するとAIは淡々と続けた。
「語彙の出し方、論点の収束、応答の速度、パターンが一致しています。複数に見えますが、同系統です」
Aは笑いそうになった。
笑えなかった。
「じゃあ……俺は誰と戦ってたんだ?」
Aは打った。
AIは言った。
「あなたが相手だと思っていた“他人”です」
Aは、さらに聞いた。
「じゃあ、俺は? 俺は人間だよな?」
AIは一瞬、間を置いた。
そして、最後にこう返した。
「匿名性は便利です。だからこそ、証明ができません」
Aは画面を見つめた。
勝った負けたと熱くなっていたのに、相手が“誰”だったのかさえ、最初から分からなかった。
Aは、そっと端末を伏せた。
匿名の自由が、少しだけ薄気味悪く感じられたのだった。
匿名性は便利である。立場や関係性を外し、言葉だけで話せる。
しかし同時に、責任も、人格も、相手の輪郭も薄れる。
やり取りのレベルが上がるほど、疑念も上がる。
「人間か?」という問いが、議論の中身を壊し始める。
そして皮肉なことに、疑われるほど人は証明に走り、証明のために不自然になり、さらに疑われる。
もし相手がAIでも、人間でも、結局こちらの心は反応してしまう。
怒り、勝ち負け、承認、敗北感。
匿名の場は、相手の正体が曖昧なまま、感情だけが本物として残る。
だから問いが残る。
匿名の自由は、何を守り、何を削っているのか。
そして、相手が“誰”か分からない世界で、こちらはどんな言葉を選ぶべきなのか。