遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
「これも違うわ……」
A子は、何度そうつぶやいたか分からなかった。
何かを始めては違うと感じ、何かを手に入れては満たされない。
そんなA子が、ある日ようやく見つけた目的は、人生を豊かにするものではなく、人生を終わらせるためのものだった。
目的をめぐる小さな思考遊戯。
―――――
「これも違うわ……」
A子は、ため息をつきながら、机の上に置いた道具を眺めていた。
これまで、A子は様々なことに挑戦してきた。
絵を描いた。
楽器を習った。
料理を覚えた。
資格の勉強もした。
仕事も何度か変えた。
人に勧められた趣味にも、流行している活動にも、ひと通り手を出した。
けれど、どれも長くは続かなかった。
最初の数日は楽しい。
少し上達すると嬉しい。
人から褒められると、悪い気はしない。
それでも、しばらくすると、胸の奥に同じ感覚が戻ってくる。
「これじゃない」
何が違うのかは分からない。
けれど、違うことだけは分かる。
A子は、自分が飽きっぽいだけなのかと思った。
努力が足りないのかとも思った。
何かを本気で好きになれない自分に、欠陥があるのかもしれないとも思った。
周りの人たちは、それぞれ何かを持っているように見えた。
家族のために働く人。
夢のために勉強する人。
誰かに認められるために努力する人。
好きなものを追いかける人。
毎日を楽しそうに過ごす人。
A子には、それが不思議だった。
人はなぜ、そこまで自然に生きられるのだろう。
なぜ、朝起きて、食べて、働いて、眠って、また明日を迎えられるのだろう。
A子は、生きることが嫌いだったわけではない。
特別に不幸だったとも言えない。
けれど、いつも何かが空白のままだった。
目的がなかった。
目的がないまま生きていると、時間はただ流れていく。
一日は終わる。
季節は変わる。
年齢だけが増えていく。
けれど、そのすべてが、A子には自分の人生ではないように感じられた。
そんなある日のことだった。
A子は、ある文章を読んだ。
そこには、重い病や耐えがたい苦痛を抱えた人が、本人の意思によって人生の終わり方を選ぶ、という話が書かれていた。
A子は、画面の前で動けなくなった。
最初は、ただ驚いただけだった。
そんな選択肢があるのかと思った。
けれど、読み進めるうちに、胸の奥で何かが静かに形を持ち始めた。
「これだわ」
A子は、初めてはっきりとした感覚を得た。
自分は、何かを始めたいのではない。
何かを手に入れたいのでもない。
誰かに認められたいのでもない。
自分が本当に求めていたのは、終わり方を自分で選ぶことだった。
もちろん、それは簡単なことではなかった。
制度。
費用。
条件。
手続き。
家族の理解。
周囲の反応。
社会の目。
調べれば調べるほど、そこには高い壁があった。
しかし、A子は不思議と落ち着いていた。
これまで何をしても続かなかったA子が、その日から変わった。
朝、決まった時間に起きる。
働く。
節約する。
必要な情報を集める。
言葉を学ぶ。
身体を整える。
書類を整理する。
自分の意思を説明するための文章を書く。
それまで空白だった生活に、一本の線が通った。
A子には、目的ができたのだ。
「何が何でも達成してみせる」
それは、誰かから見れば暗い決意だったかもしれない。
危うい執着だったかもしれない。
人生を前に進める力ではなく、人生を終わりへ向かわせる力だったかもしれない。
けれどA子にとっては、初めて見つけた本物の目的だった。
その目的のためなら、苦労にも耐えられた。
つらい仕事も続けられた。
好きでもない人間関係にも頭を下げられた。
欲しいものも我慢できた。
遊びの誘いも断れた。
体力を削って働く日々も、目的のためだと思えば耐えられた。
周りの人は、A子の変化を喜んだ。
「最近、しっかりしてきたね」
「目標ができると人は変わるんだね」
「前より生き生きして見えるよ」
A子は、静かに笑った。
たしかに、以前より生きる力は湧いていた。
皮肉なことに、人生を終わらせる目的ができてから、A子は初めて本気で生き始めた。
A子は働いた。
貯めた。
調べた。
準備した。
何年もかかった。
途中で迷う日もあった。
本当にこれでいいのだろうか。
自分はただ、別の形で逃げているだけではないのか。
目的がほしかっただけで、その中身は何でもよかったのではないか。
そう思う日もあった。
けれど、別の目的を探そうとすると、胸の中はまた空白に戻った。
A子にとって、それ以外の目的は、どれも借り物だった。
終わり方を自分で選ぶ。
それだけが、A子の中で消えなかった。
やがて、A子は重い病気にかかった。
医師の説明を聞いたとき、周囲の人々は青ざめた。
「治療法はあります」
「すぐに決める必要はありません」
「これから一緒に考えていきましょう」
その言葉を聞きながら、A子は静かに思った。
「ようやく、チャンスがきたわ」
自分でも、その言葉の冷たさには気づいていた。
病を喜ぶ人間など、まともではないのかもしれない。
本来なら、恐れるべきなのかもしれない。
生きたいと願うべきなのかもしれない。
けれどA子にとって、その病は、自分の目的を社会に説明するための扉にも見えた。
これまで積み上げてきた準備が、現実とつながった瞬間だった。
A子は淡々と手続きを進めた。
周囲は止めた。
泣く人もいた。
怒る人もいた。
「まだ生きられる」と言う人もいた。
「それは逃げだ」と責める人もいた。
A子は、そのすべてを聞いた。
聞いたうえで、静かに答えた。
「私は、ようやく自分の目的を果たせるの」
それは、周囲にとって残酷な言葉だった。
だがA子にとっては、人生で初めて、自分の輪郭をはっきり言えた言葉でもあった。
A子は、制度が認められている場所へ向かった。
空はよく晴れていた。
飛行機の窓から雲を見下ろしながら、A子は不思議なほど穏やかだった。
これまで、何をしても満足できなかった。
何かを始めても、どこかで違うと感じていた。
けれど今だけは、自分の人生が一本の線になっている気がした。
到着した町は、静かだった。
特別な場所には見えなかった。
人々は普通に歩き、店は普通に開き、犬を連れた老人がゆっくり通りを渡っていた。
人生の終わりを選びに来た自分の横で、世界はあまりにも普通に続いていた。
A子は、少しだけ笑った。
「私が終わっても、世界は続くのね」
そして、そのことに安心した。
自分が世界の中心ではないこと。
自分がいなくなっても、朝は来ること。
誰かがコーヒーを飲み、誰かが犬を散歩させ、誰かが買い物をすること。
その普通さが、A子には救いのように感じられた。
最後の日、A子は窓辺に座っていた。
部屋には、柔らかな光が差し込んでいた。
A子は、自分の人生を思い返した。
何をしても満たされなかった日々。
目的を探していた日々。
ようやく見つけた目的のために、すべてを積み上げてきた日々。
それは、幸せな人生だったのだろうか。
分からなかった。
悔いのない人生だったのだろうか。
それも、分からなかった。
けれど、少なくともA子は、初めて自分で選んだ場所に立っていた。
「これで、安らかな死を迎えられるわ……」
A子は、そうつぶやいた。
その声には、喜びとも悲しみともつかない響きがあった。
目的は、達成された。
A子は満足していた。
だが、その満足が人生の勝利だったのか、
それとも、目的に人生そのものを奪われた結果だったのか。
それを確かめる人は、もういなかった。
―――――
目的がある人生は、強く見える。
何のために生きるのか。
何を達成したいのか。
何を守りたいのか。
何に向かって進むのか。
そうしたものがある人は、迷いが少ないように見える。
苦労にも耐えられる。
日々の行動にも意味が生まれる。
周囲からも「変わった」「前向きになった」と見られることがある。
けれど、目的は必ずしも人生を豊かにするとは限らない。
目的は、人を支えることもある。
同時に、人を縛ることもある。
A子の場合、目的は「生きるためのもの」ではなく、「終わるためのもの」だった。
それでも、その目的によってA子の生活は整い、努力が生まれ、行動が変わった。
周囲から見れば、以前より生き生きしているようにさえ見えた。
ここに、ひとつのねじれがある。
生きる目的がなかった人が、死ぬ目的を持ったことで、生きる力を得てしまう。
その力は、本物ではなかったのだろうか。
それとも、目的の向かう先が終わりであっても、本人にとっては本物だったのだろうか。
もちろん、現実の苦しみの中では、助けを求める道が必要だ。
一人で結論を急いではならない。
その瞬間には見えない選択肢が、時間や他者との関わりによって見えてくることもある。
ただ、この物語で扱いたいのは、安楽死そのものの是非だけではない。
人は、目的を持てば本当に救われるのか。
その目的が、自分をどこへ連れていくものなのかを、どれほど見極められるのか。
目的があることは、空白を埋める。
しかし、空白を埋めるものがすべて、自分を生かしてくれるとは限らない。
人生をかけるほどの目的を見つけたとき、私たちはつい、その強さを信じたくなる。
けれど本当は、もう一つ問う必要があるのかもしれない。
その目的は、自分を生きる方へ連れていくのか。
それとも、ただ迷わず終わるための道を、美しく照らしているだけなのか。