遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
A子は、お笑い芸人を目指していた。
正確には、すでにお笑い芸人ではあった。
ライブにも出ていたし、芸人仲間もいた。
芸名で呼ばれることもある。
ただ、それだけで食べていけるほどの仕事はなかった。
昼はアルバイト。
夜はネタ作り。
休みの日はライブ。
笑ってもらえた日は、まだ続けられると思えた。
まったくウケなかった日は、帰りの電車で何度も辞めようと思った。
それでもA子は、ここまで来た。
親にも反対された。
友人にも心配された。
「いつまで続けるの」と言われたことも、一度や二度ではない。
それでも、A子は諦めなかった。
そんなある日のことだった。
アルバイト先で、A子は一人の男性と出会った。
IT企業で働く、穏やかな人だった。
彼はA子の夢を笑わなかった。
むしろ、売れていない時期の話を、面白がるのではなく、丁寧に聞いてくれた。
「大変なんですね」
その一言に、A子は少しだけ救われた気がした。
やがて二人は親しくなり、交際が始まった。
そして、しばらくして、A子は大きな選択を迫られることになった。
このままお笑い芸人として成功を目指し続けるか。
それとも、彼との結婚を選び、芸人としての道を一度手放すか。
どちらも、簡単には選べなかった。
芸人仲間の顔が浮かんだ。
途中で辞めて、幸せな家庭を築いた人もいる。
諦めずに続けたことで、数年後に一気に売れた人もいる。
続けても売れず、苦しそうに笑っている人もいる。
辞めたあとに「やっぱり戻りたい」と言っていた人もいる。
どの道にも、成功した人がいた。
どの道にも、後悔した人がいた。
A子は考え続けた。
自分で決めたことなら、きっと後悔しない。
そう思おうとした。
けれど、そんなにきれいには割り切れなかった。
ここまで、すべての反対を押し切って、死物狂いで続けてきたのだ。
簡単に手放せるはずがなかった。
そのころ、A子はある噂を耳にした。
最新型のコンピューターを使い、人の未来を高精度で占う占い師がいるという。
占い師とはいっても、実際には膨大な人生データを解析する専門家らしい。
性格。
経歴。
選択傾向。
収入。
人間関係。
過去の行動。
似た条件の人々のその後。
それらをすべて入力し、未来の確率を出すのだという。
A子は、迷った末に相談することにした。
「参考にするだけなら、いいかもしれない」
そう自分に言い聞かせながら。
占い師は、A子の話を聞いたあと、淡々と端末に情報を打ち込んだ。
しばらくして、画面に結果が表示された。
占い師は言った。
「結婚を選べば、不幸な結果になります」
A子は息をのんだ。
「一方で、お笑い芸人を続ければ、成功する可能性が非常に高いです」
あまりにも明快だった。
曖昧な助言ではない。
「あなた次第です」と逃げるわけでもない。
数字とグラフと解析結果が、はっきりと一つの方向を示していた。
A子の心は、大きく揺れた。
帰り道、A子は決めかけていた。
結婚は断ろう。
やはり、自分は芸人を続けるべきなのだ。
そう思った瞬間だった。
頭の中に、声が聞こえた。
「そのアドバイスは、参考にしては駄目」
A子は立ち止まった。
聞き覚えのある声だった。
自分の声だった。
「え……誰?」
声は答えた。
「未来のあなたよ」
A子は、あたりを見回した。
誰もいない。
声は続けた。
「驚くと思うけれど、今のあなたは十年後、突然、自分の過去に話しかけられる能力を身につけることになる。私は三十年後の未来から話しかけているの」
A子は、理解が追いつかなかった。
「三十年後の……私?」
「そう。あなたが芸人を続けた未来の私よ」
A子の心臓が強く鳴った。
未来のA子は、静かに言った。
「あなたは、お笑い芸人として成功する。占い師の言ったことは間違っていない。少なくとも、二十年先まではね」
「じゃあ、やっぱり芸人を続けた方が――」
「最後まで聞いて」
未来のA子の声は、少し沈んでいた。
「成功したあなたは、有名になる。お金も入る。周りから持ち上げられる。
でも、だんだん天狗になる。
自分だけは大丈夫だと思い込み、危ない誘いにも乗るようになる。
そして、闇営業に出てしまう。
それがきっかけで、社会からはじき出される」
A子は、言葉を失った。
「そんな……」
「だから、芸人を続ける道はやめなさい」
そのとき、別の声が聞こえた。
「待って。私からも話させて」
それも、A子の声だった。
「私は、結婚を選んだ三十年後のあなたよ」
A子は、頭を抱えた。
「ちょっと待って。未来の私が二人いるの?」
結婚を選んだ未来のA子は、穏やかな声で言った。
「結婚を選んだことで、大変な思いもたくさんした。夢を諦めたようで、何度も泣いた。
彼との生活も、きれいごとだけではなかった。
でも、それを乗り越えて、今では幸せになっている。私は、こっちを選んで良かったと思っているわ」
芸人を続けた未来のA子が言った。
「だから言ったでしょう。結婚を選びなさい」
結婚を選んだ未来のA子も言った。
「ええ。少なくとも、三十年後の私はそう思っている」
二人の未来のA子は、同じ結論を伝えていた。
A子はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりとうなずいた。
「そっか。なるほど」
二人の未来のA子は、ほっとしたようだった。
しかし、次の瞬間、A子は言った。
「じゃあ、私はお笑い芸人の方を選ぶことにするわ」
二人の未来のA子は、同時に叫んだ。
「えっ!」
「どうして!」
「せっかく教えてあげたのに!」
A子は、少し困ったように笑った。
「だって、三十年後の結果でしょう?」
「それが何?」
「四十年後の結果は、まだ分からないじゃない」
二人の未来のA子は黙った。
A子は続けた。
「それに、芸人を続けた未来で、私が失敗した原因は分かったわけよね。
有名になって天狗になって、闇営業に出たから失敗した。
だったら、そこを避ければ結果は変わるかもしれない」
芸人を続けた未来のA子は言葉に詰まった。
「でも……」
「それに、結婚を選んだ未来の私だって、三十年後に幸せだっただけでしょう?
四十年後、五十年後も同じとは限らない。
逆に、芸人を続けて失敗した未来の私も、そこから立ち直るかもしれない」
結婚を選んだ未来のA子が、静かに言った。
「あなた、未来を聞いても、結局自分で決めるつもりなのね」
A子は答えた。
「うん。だって、未来を教えてもらった時点で、もう私はさっきまでの私じゃないもの」
二人の未来のA子は、少しだけ黙った。
A子は空を見上げた。
「占い師のコンピューターは、二十年後までしか計算できなかった。
あなたたちは三十年後から来た。
でも、私は今ここで、その二つを聞いた上で選べる」
芸人を続けた未来のA子が、ぽつりと言った。
「たしかに、私たちは“結果”を知っているつもりでいたけれど……」
結婚を選んだ未来のA子が続けた。
「その結果を聞いたあなたが、どう変わるかまでは知らなかった」
A子は笑った。
「そういうこと」
二人の未来のA子は、しばらくして同時に言った。
「なるほど」
A子は歩き出した。
未来を聞いた。
失敗も聞いた。
幸せも聞いた。
それでも、答えは未来に置いてあるわけではなかった。
答えは、今の自分が何を知り、何を避け、何を選ぶかの中にしかない。
A子はスマホを取り出し、彼にメッセージを打った。
「大切な話があります。ちゃんと会って話したいです」
それは、結婚を断るためだけの連絡ではなかった。
芸人を続けるためだけの連絡でもなかった。
自分の夢も、彼の気持ちも、未来の失敗も、すべて軽く扱わないための連絡だった。
送信ボタンを押す直前、A子は小さくつぶやいた。
結果を知ってからが、本当の選択なのかもしれない。
そして、未来の二人のA子は、もう何も言わなかった。
―――――
「結果が良ければ、すべて良し」という考え方がある。
確かに、結果は大きい。
どれだけ立派な思いで始めたことでも、最後に多くの人を傷つける結果になれば、簡単に美談にはできない。
逆に、途中で迷いや失敗があっても、最後に救われる結果になれば、「あれで良かった」と思えることもある。
だが、問題は、その「最後」がどこなのかということだ。
十年後なのか。
二十年後なのか。
三十年後なのか。
死に際なのか。
それとも、死んだあとに誰かが語る評価なのか。
結果を基準にするほど、「どの時点の結果を見るのか」という問題が立ち上がる。
二十年後に成功していても、三十年後に破滅しているかもしれない。
三十年後に幸せでも、四十年後に後悔しているかもしれない。
一時的には失敗に見えたことが、さらに先では大きな転機になっているかもしれない。
そう考えると、結果だけで正解を決めることは、思っているほど簡単ではない。
もちろん、過程さえ良ければ結果はどうでもいい、という話でもない。
過程を大切にしても、結果として誰かを深く傷つけるなら、その責任は残る。
努力したから正しい、苦労したから許される、ということにもならない。
一方で、結果が良かったからといって、すべてが正しかったことにもならない。
たとえば、危険な運転をしても事故を起こさなければ「結果的に大丈夫だった」と言えるのか。
スピード違反で捕まらなければ、それは良い判断だったのか。
運よく問題が表に出なかっただけの行動を、結果が良かったからといって肯定できるのか。
ここには、運の問題もある。
同じ行動をしても、ある人は捕まり、ある人は捕まらない。
ある人は事故を起こし、ある人は何事もなく通り過ぎる。
結果だけを見れば、運が良かった人の方が正しかったように見えてしまう。
だが、それは本当に「正しさ」なのだろうか。
未来を知ることができれば、正しい選択ができるように思える。
しかし、未来を知った瞬間、今の自分は変わる。
注意する場所が変わり、避ける失敗が変わり、選択の意味も変わる。
つまり、未来の結果は、今の自分を縛るものではなく、今の自分を変える材料にもなりうる。
結果は大切だ。
過程も大切だ。
運も関わる。
道徳も関わる。
そして、本人の感じ方も関わる。
だからこそ、選択は難しい。
「こっちを選べば幸せになる」と言われても、その幸せがいつまで続くのかは分からない。
「そっちを選べば失敗する」と言われても、その失敗を知った自分が、同じ失敗をするとは限らない。
結果を知りたいと思うのは自然なことだ。
だが、結果を知ることと、結果に従うことは同じではない。
結果は、答えではなく、問いを増やすものなのかもしれない。
その問いを抱えたまま、それでも今の自分で選ぶ。
選んだあとも、また選び直す。
その繰り返しの中でしか、「これで良かった」と思える瞬間は見えてこないのかもしれない。
結果を変える魔法を探して、
何度も願い、迷い、すがってきた。
けれど景色が動いたのは、
自分で決めた一歩を踏み出した時だった。
結果だけを追う日々から、
自分の道を歩き出すための歌です。
何度も願いを ノートに書いた夜
遠くの空に 手を合わせた朝
運命が変わる 言葉を探して
見えない何かに すがっていたんだ
「これが正解だよ」と
誰かに背中を 押してほしかった
間違えるのが ただ怖かったから
でも心では 気づき始めてた
もらった答えじゃ 進めないこと
結果を変える魔法を ずっと探してた
けれど景色が 静かに動いたのは
私が自分で選んで 歩き出した日
未来を変える魔法より
今を選ぶ 勇気がほしい
結果だけ追うより この一歩を信じたい
頑張るほどに なぜか空回って
報われないと 焦っていた時期
何かにすがるほど 必死だった自分
結果が出ないたび 自分を責めた夜
あの迷い続けた 遠回りの日々も
無駄だったとは 思わないよ
自分の弱さと 願いの本気さを
教えてくれたから
最後に戻るのは 「私はどうしたい?」
結果はまだ 見えないけれど
自分で決めた私が ここにいる
答えを探す日々から
選んで進む日々へ
もしも転んで 失敗を知っても
その時はまた 選び直せばいい
魔法にすがるより 私だけのこの道を
静かに前を向いて 歩いていく
あなたにもきっと あるはずだから
自分で決めた 小さな一歩が