遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
楽しいことは、悪いことではない。
むしろ人生には、楽しみが必要だ。
けれど、もし指先ひとつで、努力も過程もなく、最高の快楽だけを得られる装置があったとしたら。
それは救いなのか。
それとも、人間から何かを奪うものなのか。
快楽をめぐる小さな思考遊戯。
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Aは、昔からこう思っていた。
「せっかくこの世に生まれてきたのだから、楽しまなければ損だ」
その考えは、Aにとってかなり自然なものだった。
人生は短い。
苦しいことも多い。
ならば、わざわざ我慢ばかりして生きる必要はない。
そう考えたAは、あらゆる楽しみを味わってきた。
オペラを聴き、美術館を歩き、シェイクスピアを読み、ベートーヴェンに耳を澄ませた。
人が「高尚」と呼ぶものは、ひと通り触れてきたつもりだった。
同時に、もっと分かりやすい楽しみも避けなかった。
酒。
食事。
恋愛。
性的な快楽。
流行の音楽。
映画。
ゲーム。
夜通し続くくだらない会話。
人が「低俗」と呼ぶものにも、Aは偏見を持たなかった。
高尚であれ、大衆的であれ、俗っぽいものであれ、楽しければそれでいい。
Aにとって、それらはすべて人生を味わうための道具だった。
けれど、Aにはひとつだけ不満があった。
自分が、あまりにも飽きっぽいということだ。
どれほど感動した音楽も、何度も聴けば色あせる。
どれほど美味しい料理も、毎日食べれば特別ではなくなる。
どれほど刺激的な遊びも、慣れてしまえばただの習慣になる。
最初は胸が高鳴ったものが、やがて普通になり、最後には退屈になる。
Aは、ため息をついた。
「これでは、きりがないな」
楽しみを追えば追うほど、次の楽しみが必要になる。
一つ満たされると、もっと強い刺激が欲しくなる。
飽きるたびに、新しいものを探さなければならない。
まるで、自分の中に底の抜けた器があるようだった。
そこでAは、考え方を変えた。
「無限に続けられる楽しみがあればいい」
その日から、Aはさらに多くの楽しみを試した。
珍しい旅行。
豪華な料理。
過激な娯楽。
静かな瞑想。
危険な挑戦。
成功の快感。
承認される喜び。
誰かに必要とされる満足感。
しかし、どれも同じだった。
最初は強く光る。
やがて、薄くなる。
最後には、次の刺激を探している。
Aは、ついに諦めかけた。
「人間は、そういうものなのかもしれない」
そう思ったときだった。
ふと、一つの考えが浮かんだ。
「ないのなら、作ってしまえばいい」
Aには、経験があった。
資産もあった。
人脈もあった。
何より、快楽に対する異様なほどの執着があった。
Aは、これまで築いてきたものをすべて注ぎ込んだ。
研究者を集め、脳科学者を雇い、技術者を囲い込み、何年もの時間をかけた。
高尚な芸術も、俗っぽい娯楽も、結局のところ人間が「楽しい」と感じるためには、脳が快を感じる必要がある。
ならば、遠回りをする必要はない。
音楽も、食事も、恋愛も、勝利も、承認も、すべては快楽へ至るための道にすぎない。
それなら、その道を省略し、快楽そのものへ直接たどり着けばいい。
Aは、そう考えた。
そしてついに、一つの装置が完成した。
それは、小さな輪のような形をしていた。
耳の後ろに装着すると、脳の特定の領域にやわらかく働きかける。
装着しているあいだ、使用者は全身で快楽を味わうことができた。
幻覚はない。
暴れることもない。
吐き気もない。
身体を壊す成分もない。
薬物とは違う。
酒とも違う。
ただ、静かに、確実に、脳の中へ快が満ちていく。
Aは、その装置を試した瞬間、涙を流した。
「ついに出来たぞ」
それは、Aが長年探し続けていたものだった。
飽きない快楽。
減らない楽しみ。
失われない満足。
Aは、その装置を世に出した。
名前は、分かりやすくこうした。
「エデン」
楽園という意味だった。
エデンは、瞬く間に広がった。
最初は、疲れた大人たちが使った。
仕事終わりに、ほんの十分だけ。
嫌なことがあった日に、少し気分を整えるために。
眠る前に、心を落ち着けるために。
誰もが言った。
「これは危険なものではない」
「誰にも迷惑をかけていない」
「ただ、気持ちよくなるだけだ」
実際、表面的にはその通りだった。
エデンを使った人は、暴れなかった。
犯罪を起こすわけでもなかった。
むしろ、怒りっぽかった人間が穏やかになり、不満ばかり言っていた人間が黙るようになった。
家庭内の争いも減った。
職場の衝突も減った。
街からは、どこか刺々しさが消えていった。
「素晴らしい発明だ」
そう評価する声も多かった。
やがて、エデンは一家に一台のように普及した。
人々は、退屈なときに使った。
寂しいときに使った。
腹が立ったときに使った。
悲しいときに使った。
何もしたくないときにも使った。
そして、次第に何もしたくなくなっていった。
本を読む人が減った。
料理を作る人が減った。
外へ出かける人が減った。
誰かと会話を続ける人が減った。
もちろん、完全に生活が止まったわけではない。
人々は最低限のことはした。
働かなければ生活できない者は働いた。
食べなければ死ぬので食べた。
必要な連絡もした。
けれど、そのすべてが、エデンを使うための準備のようになっていった。
仕事は、快楽の時間までの待機。
食事は、快楽を味わう身体を保つための作業。
人間関係は、装置を邪魔されないために最低限整えるもの。
街は静かになった。
争いは減った。
同時に、熱も減った。
挑戦する人が減った。
芸術を作る人が減った。
誰かに本気で恋をする人が減った。
苦労して何かを成し遂げようとする人が減った。
なぜなら、苦労の先にあるはずの達成感は、もう装置で得られるからだ。
山に登らなくても、登頂したような快感がある。
誰かに愛されなくても、満たされた感覚がある。
努力しなくても、報われたような心地よさがある。
それなら、わざわざ遠回りをする必要はない。
批判する者もいた。
「これは人間を駄目にしている」
「依存を生んでいる」
「社会から意欲が失われている」
しかし、エデンを直接禁止する法律は作られなかった。
使用者は、自分の意思で使っている。
装置そのものに毒性はない。
幻覚もない。
他人を傷つけるわけでもない。
むしろ、争いは減っている。
それをどうやって悪と呼べるのか。
エデンの会社は言った。
「私たちは、人々に幸福を届けているだけです」
多くの使用者も、同じように答えた。
「誰にも迷惑をかけていない」
「これで生きるのが楽になった」
「苦しむより、幸せな方がいいじゃないか」
そう言われると、誰も強く反論できなかった。
やがて世界は、深い依存を抱えたまま、静かに動き続けるようになった。
崩壊はしていない。
しかし、前にも進んでいない。
怒りは減った。
しかし、情熱も減った。
不幸を訴える声は減った。
しかし、何かを生み出す声も減った。
Aは、その世界を眺めていた。
かつて人々が追いかけていた楽しみを、Aは一つの装置に凝縮した。
芸術も、食事も、恋愛も、成功も、承認も、すべてを脳内の快楽へと短縮した。
人々は苦しみから解放された。
退屈からも解放された。
少なくとも、本人たちはそう感じている。
Aは、満足そうに呟いた。
「これぞ、楽園だ」
その声は、誰にも聞こえなかった。
人々は皆、目を閉じていたからだ。
―――――
「楽しければそれでいい」という考え方は、単純に否定できるものではない。
人は楽しみなしには生きていけない。
食事も、音楽も、会話も、遊びも、恋も、芸術も、人生を支える大切な要素である。
高尚な楽しみと低俗な楽しみを分けたところで、結局のところ、それを味わうのは同じ人間の脳だ。
どれほど上品な言葉で飾っても、「楽しい」と感じる仕組みそのものから逃れることはできない。
だからこそ、この問題は厄介なのだと思う。
快楽そのものが悪なのではない。
問題は、快楽へ至る道が短くなりすぎたとき、人はその道中にあったものまで捨ててしまうのではないか、という点にある。
音楽を聴くまでの静けさ。
料理を作る手間。
誰かと関係を築く面倒くささ。
努力の途中にある不安や退屈。
失敗したあとに、それでももう一度やってみる気持ち。
そうした遠回りの中には、快楽だけでは測れないものが混ざっている。
もし、指先ひとつで脳に快楽を与えられるなら、人はわざわざ面倒な道を歩くだろうか。
現代でも、私たちはすでに似たような仕組みの中にいるのかもしれない。
動画、ゲーム、通知、評価、無限に流れてくる情報。
それらは直接脳に電極を刺しているわけではないが、指先ひとつで感情や報酬を揺らすという意味では、かなり近い場所にある。
もちろん、それらを楽しむこと自体が悪いわけではない。
問題は、楽しんでいるのか、動かされているのか、その境目が見えにくくなることだ。
快楽は、人生を豊かにする。
同時に、強すぎる快楽は、人生そのものを省略してしまうこともある。
苦しみがない世界は、たしかに魅力的だ。
けれど、苦しみだけでなく、退屈や努力や関係の面倒さまで消し去ったとき、そこに残るものを本当に幸福と呼べるのだろうか。
楽園とは、快楽が尽きない場所なのか。
それとも、快楽に支配されなくても生きていける場所なのか。
その問いは、画面に触れる指先のすぐ近くにあるのかもしれない。
指先ひとつで満たされる時代の中で、
いつの間にか眠ってしまった心を、
もう一度、自分の感覚で取り戻していく歌です。
指先をすべらせて 今日も退屈を消す
光る画面の向こう 次から次へ流れるパレード
魔法みたいに簡単に 欲しい笑顔が手に入る
傷つくことも 待つ時間もいらない
お腹が空く前に 満たされてしまうから
「味わいたい」と願う 理由さえ忘れていく
目を閉じた時 なぜか何も残らない
波一つない水面のように 胸が静かすぎるんだ
こんなに満たされているのに どこか空っぽで
指先でなぞるだけの幸せに 心が眠っていく
痛みも 面倒もない 無菌室の夜のなか
私が本当に欲しかったのは
ただ 生きている実感だった
小さな画面を伏せて 電源を落とした部屋
暗闇に目が慣れて 窓をそっと開けてみた
冷たい夜風が 頬を強く撫でたとき
あぁ 寒いな でも確かにここにいる
遠回りして つまずいて 迷って
自分の足で歩くからこそ 見える景色があったんだ
押すだけの幸せから 感じる幸せへ
傷つくことも 待つことも 全部抱きしめてみたい
朝の光の眩しさも 不器用な君との会話も
空っぽだったこの胸に 少しずつ血が巡っていく
もう一度 自分の温度を取り戻すために
さあ 重いドアを開けよう
風の匂い
土の冷たさ
鼓動の音を 聴きながら
ただ 私の足で 歩いていく