遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
何かを強く信じることと、何かを知っていることは、似ているようで少し違う。
けれど人は、ときどきその違いを見失ったまま、確信だけを知識として抱えてしまう。
知識の土台を掘り返された男が、それでもなお「知っている側」に戻ろうとする小さな思考遊戯。
―――――
A男は、「絶対的な力」を信じていた。
それが何なのかを、うまく説明することはできなかった。
神とも少し違う。
運命とも、法則とも、偶然とも言い切れない。
ただ、世界のすべてを見えないところで結びつけ、動かしている何か。
A男はそれを、まとめて「絶対的な力」と呼んでいた。
名づけることは曖昧でも、信じることには迷いがなかった。
人との出会い。
失敗と成功。
病気。
事故。
社会の流れ。
過去に起きたことも、いま起きていることも、これから起きることも、
すべてはその「絶対的な力」によって関連づけられている――
A男は、そう考えていた。
だからこそ、彼は自分の得た知識や経験のすべてを、
その「絶対的な力」と結びつけて理解するようにしていた。
何かを学べば、
「やはり、これも絶対的な力の表れだ」と思う。
うまくいかないことがあっても、
「まだその意味が見えていないだけだ」と考える。
偶然に見える一致が起きれば、
「ほら、やはりつながっている」と確信する。
A男にとって、それは便利な考え方というだけではなかった。
むしろ、世界を深く理解するための鍵だった。
自分は、「絶対的な力」のおかげで、
表面だけでは見えない真実に触れている。
そう思うたびに、A男の胸には静かな誇りが満ちた。
実際、彼の周囲にも同じ考えを信じる者は多かった。
話せば通じる。
共感も得られる。
そして最近では、世間的に権威のある立場の人間までが、
似たようなことを語り始めていた。
学者。
評論家。
文化人。
あるいは、知的で落ち着いた物言いをする人々。
彼らが「すべてはつながっている」と語るたび、
A男は嬉しくなった。
自分の見ていたものは間違っていなかったのだ、と。
A男は、その考えを胸に、堂々と生きていた。
自分は、見えていない人たちよりも少し深い場所を見ている。
そういう自負さえ、どこかにあった。
だが、ある日のことだった。
きっかけは、本当に些細なものだった。
何かの本だったか。
講義動画だったか。
あるいは、誰かとの雑談の中で出てきた言葉だったかもしれない。
A男はそこで、
「知識には三つの条件がある」
という考え方を知った。
それは彼にとって、ただの豆知識のはずだった。
知っていると思っているだけでは足りない。
たまたま当たっているだけでも足りない。
知識と呼ぶには、そこに条件が要る。
A男は最初、軽い気持ちでそれを聞いた。
だが、読み進めるほど、胸の奥がざわつき始めた。
もし知識が、
ただ信じていることではなく、
ただ多くの人が認めていることでもなく、
「正当な根拠を伴って成立していること」
を含むのだとしたら――
自分がこれまで「知っている」と思ってきたものは、
本当に知識と呼べるのだろうか。
A男は、自分の信じてきた「絶対的な力」を見つめ直した。
たしかに、彼は多くのことを関連づけてきた。
だがそれは、本当に証明されていたのか。
それとも、ただ後から意味を貼りつけていただけなのか。
起きた出来事を並べ、
そこに「ほら、つながっている」と線を引く。
だが、その線は本当にそこにあったのか。
最初からあったものではなく、
自分があとから描き込んだだけではなかったのか。
その疑いが一度生まれてしまうと、
A男の中で、これまで確かだったものが急に揺らぎ始めた。
あれも。
これも。
あの一致も。
あの納得も。
もしかすると全部、
「絶対的な力」が真実だったからではなく、
そう信じたい自分が、こじつけで整えていただけだったのかもしれない。
A男の顔から、少しずつ血の気が引いていった。
もしそうだとすれば、
自分の知識の土台は、最初から知識ではなかったことになる。
理解していたつもりの世界は、
理解ではなく、解釈の上塗りに過ぎなかったことになる。
つまり、自分は――
何も知らなかったのではないか。
その考えにたどり着いた瞬間、
A男は、深い穴の縁に立たされたような気分になった。
今まで誇りにしてきたもの。
自分を支えてきた見方。
人より少し深く分かっていると感じていた感覚。
その全部が、一気に崩れてしまいそうだった。
A男は、その事実を受け入れることができなかった。
何も知らなかった。
そんなはずはない。
自分がここまで積み上げてきたものが、
ただの思い込みだったなどと、認められるわけがない。
彼は必死に考えた。
知識とは何か。
正当性とは何か。
根拠とは何か。
そして、考えた末に、ある結論へ戻っていった。
「……いや、大丈夫だ」
A男は、小さく呟いた。
「こじつけではないから、大丈夫」
その言葉は、
新たに何かを理解した者の声というより、
崩れかけた床を、自分の言葉で押さえつけようとする声に近かった。
だがA男は、それ以上考えなかった。
考え続ければ、また揺らぐからだ。
だから彼は、再び胸を張ることにした。
自分は知っている。
自分の見ているものは、ただの思い込みではない。
これはこじつけではない。
これは、真実だ。
そうしてA男は、今日もまた、
自分の信じたい形に世界を結び直していくのだった。
まるで、
知識が壊れるよりも先に、
「知っている自分」を守ることのほうが大切であるかのように。
―――――
こじつけや勘違いまで知識だと認めてしまえば、
この世界はかなり危うい場所になるだろう。
多くの人が信じている。
権威ある人も口にしている。
自分には強い確信がある。
そうしたものは、安心材料にはなっても、
それだけで知識の条件を満たすとは限らない。
もし「信じる人が多ければ知識になる」としてしまえば、
どんなことでも押し通せることになる。
極端に言えば、誰かを傷つけた事実さえ、
大勢で「そんなことはなかった」と言い張れば、
“なかったこと”として扱えてしまうかもしれない。
だが、そんな世界では安心して暮らせない。
だからこそ司法では、単なる印象や空気ではなく、
正当性や根拠のあり方が重く見られる。
それは、誤魔化しや曖昧さや、こじつけとは正反対の方向である。
とはいえ、私たちの多くが、
日常の中でそこまで厳密に知識を扱えているわけでもない。
分かったつもり。
知っているつもり。
つながっているように見える感覚。
そうしたもので、世界をかなり雑に理解している場面も少なくないだろう。
だとすれば、私たちは思っている以上に
「知らないことだらけ」
なのかもしれない。
もっとも――
その不安に耐えきれず、
また新しいこじつけで「知っている側」に戻ろうとするのも、
人間らしさの一つと言えるのだろうか。
この話の余韻として、曲を添えました。
曲名:無知という鎧-問い続ける者へ
(Verse 1)
すべてに 意味がある
そう信じて 生きてきた
点と点を 結んでは
わかったふり 繰り返す
見えない糸 信じ込み
賢いと うぬぼれた
(Verse 2)
「わかった」と 思うたび
この世界は 息を止める
けれどただ 無知のまま
立ち止まれば 終わるんだ
(Pre-Chorus)
作られた 真実じゃ
足元が 揺らぐだけ
悩み抜く その痛み
手放さず 抱きしめて
(Chorus)
脱ぎ捨てる 脆い盾
嘘のない 風が吹く
「知らない」と 言えること
それこそが 鎧になる
考える その歩みが
本当の僕を 守るんだ
(Bridge)
正解に 逃げ込まない
問いをずっと やめはしない
迷いながら 進むこと
それ自体が 生きる意味
(Guitar Solo / Instrumental)
(Chorus)
脱ぎ捨てる 脆い盾
嘘のない 風が吹く
「知らない」と 言えること
それこそが 鎧になる
考える その歩みが
本当の僕を 創るんだ
(Outro)
思い込みを 手放して
ありのまま 歩き出す
無知を知る この鎧
終わらない 旅の空
問いかけは 止まらない