遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
失敗を恐れず行動することも大切だと言われる。
けれど、失敗から学びすぎた人は、今度は選ぶ前にすべてを考え尽くそうとするのかもしれない。
自由意志と選択をめぐる小さな思考遊戯。
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A男は、考えていた。
「どうすれば成功できるのだろうか」
それは、A男が若い頃からずっと抱えてきた問いだった。
もちろん、何もしてこなかったわけではない。
むしろ、A男は行動してきた方だった。
失敗から学ぶこと。
まずはやってみること。
経験しながら修正すること。
そうした言葉を信じて、いくつものことに挑戦してきた。
興味を持てば教材を買った。
可能性がありそうならセミナーにも参加した。
専門家の話を聞き、成功者の体験談を読み、自分なりに実践もした。
お金も使った。
時間も使った。
気力も使った。
それでも、冷静に振り返ってみると、A男の現実はほとんど変わっていなかった。
一時的に期待が高まることはあった。
「今度こそいける」と思ったこともあった。
けれど、しばらくすると、いつも似た場所へ戻っていた。
少し学ぶ。
少し試す。
少し失敗する。
少し反省する。
そしてまた、別の可能性を探し始める。
その繰り返しだった。
A男は、ある日ようやく思った。
「このままでは、同じ轍を踏み続けるだけだ」
残された時間は、無限ではない。
若い頃のように、何でも試してみればいいというわけにはいかない。
失敗しても取り返せる、と気軽に言える年齢でもなくなっていた。
だからA男は決めた。
これからは、行動する前に、しっかり考える。
感情で飛びつかない。
勢いで始めない。
夢のある言葉に流されない。
メリットだけを見て判断しない。
ちゃんと調べる。
ちゃんと比べる。
ちゃんと検証する。
その上で、最善の道を選ぶ。
A男は、そう心に固く誓った。
それからA男は、考え始めた。
まず、これまでの失敗を整理した。
なぜ上手くいかなかったのか。
どこで判断を誤ったのか。
どの段階で撤退すべきだったのか。
どの選択が無駄だったのか。
ノートに書き出し、表にまとめ、原因を分類した。
その作業だけでも、かなりの時間がかかった。
けれどA男は満足していた。
「こうやって考えることが、今度こそ成功につながるはずだ」
次にA男は、これからの選択肢を洗い出した。
今から始められる仕事。
伸びている分野。
自分の経験が活かせる分野。
少ない資金で始められること。
大きなリターンが見込めること。
失敗しても傷が浅いこと。
いくつもの候補が並んだ。
A男は、それぞれについてシミュレーションを始めた。
「これを選べば、まずこうなる。すると次にこうなる。だが、その場合はこのリスクがある」
「こちらの道なら初期費用は少ない。けれど成長には時間がかかる。時間がかかれば、途中で資金が尽きる可能性がある」
「この方法は短期的には良い。だが長期的に見れば、競合が増えて利益率が下がるかもしれない」
A男の頭の中では、無数の未来が枝分かれしていった。
一つの選択肢を考える。
その先の展開を読む。
問題点を見つける。
回避策を考える。
その回避策にも別のリスクがあることに気づく。
するとまた、最初から考え直す。
A男は専門家にも相談した。
ある人は言った。
「今ならこの分野が伸びます」
別の人は言った。
「いや、その分野はもう遅いです」
さらに別の人は言った。
「成功する人は、結局すぐに動く人です」
また別の人は言った。
「でも、準備不足で動く人は失敗します」
どれも一理あった。
A男は、すべての意見をメモした。
どの意見にもメリットがある。
どの意見にもデメリットがある。
一つを採用すれば、別のリスクが出る。
一つを避ければ、別の機会を失う。
A男は、コンピューターにもシミュレーションをさせた。
短期的な収益。
長期的な成長。
失敗時の損失。
年齢による体力の低下。
市場の変化。
家族環境。
資金状況。
社会情勢。
条件を入力するたびに、いくつもの結果が出た。
だが、どれも完璧ではなかった。
短期的に良い道は、長期的には不安定だった。
安全そうな道は、リターンが小さかった。
大きな可能性がある道は、大きな失敗も含んでいた。
好きなことは収益化が難しく、収益性の高いものは自分に向いているか分からなかった。
A男は思った。
「ローリスク・ハイリターンはないのか」
探せばあるような気もした。
だが、見つけたと思った瞬間、どこかに見落としがあるような気もした。
A男は慎重になった。
慎重になるほど、考えることは増えた。
考えることが増えるほど、判断は重くなった。
「今ここで選ぶべきなのか」
「もう少し情報を集めるべきなのか」
「この選択は本当に自分の意思なのか」
「過去の失敗への恐怖で、ただ動けなくなっているだけではないのか」
「いや、しかし軽率に動けば、また同じ失敗を繰り返す」
A男は、自由に選べるはずだった。
誰かに命令されているわけではない。
何を選ぶかは、自分で決められる。
だからこそ、決められなかった。
選べる道が多すぎた。
選ばなかった道の可能性まで、はっきり想像できてしまった。
一つを選ぶことは、他のすべてを捨てることでもあった。
A男は今日も考えた。
朝起きて、候補を比較した。
昼には、別の可能性を調べた。
夜には、過去の失敗を振り返った。
次の日も考えた。
その次の日も考えた。
季節が変わった。
市場も変わった。
かつて有望だった選択肢は、もう古くなっていた。
新しい選択肢が増えた。
すると、また検討すべきことが増えた。
A男は思った。
「今は、以前よりも判断材料が増えた。だから、もう少しだけ考えれば、より良い選択ができるはずだ」
そして、また考えた。
年月が過ぎた。
A男は、いくつもの人生を頭の中で生きた。
起業して成功する人生。
投資で失敗する人生。
専門職として堅実に積み上げる人生。
田舎で小さく暮らす人生。
海外へ出る人生。
家族を優先する人生。
一人で勝負する人生。
何も持たずにやり直す人生。
そのどれもが、A男の頭の中では十分に現実味を持っていた。
彼は、数え切れないほどの未来を検証した。
だが、現実のA男は、ほとんど動いていなかった。
やがて、A男の人生は終わりに近づいた。
病室のベッドの上で、A男は天井を見つめていた。
周囲の人は、少し寂しそうに言った。
「やり残したことはありませんか」
A男は、静かに笑った。
「悔いはない」
周囲の人は驚いた。
A男は続けた。
「私は、数え切れないほどの人生を考え抜いてきた。成功する人生も、失敗する人生も、苦労する人生も、やり直す人生も、頭の中で何度も生きた。実際に一つを選ぶより、よほど多くの人生を経験したようなものだ」
その表情は、どこか満足げだった。
だが、最後にA男は少しだけ眉を寄せた。
「ただ、一つだけ気がかりがある」
周囲の人が尋ねた。
「何ですか」
A男は、真剣な顔で答えた。
「あの世では、どうやって成功すればいいのだろう」
そう言い残して、A男は目を閉じた。
彼は最後まで、次の選択肢を考えていた。
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自由意志とは、自分で選べることだと言われる。
だが、自分で選べることは、必ずしも楽なことではない。
選択肢が少なければ、不自由だと感じる。
しかし選択肢が増えすぎれば、今度は選ぶこと自体が重くなる。
どれを選んでも、得るものと失うものがある。
どれを選んでも、成功の可能性と失敗の可能性がある。
だから、人は迷う。
ビュリダンのロバは、同じ距離に置かれた二つの干し草のどちらを選ぶか決められず、飢えてしまう話として知られている。
現実の人生で、まったく同じ条件の選択肢が並ぶことはほとんどない。
それでも、私たちはよく似た場所に立たされる。
どちらも正しそうに見える。
どちらにもリスクがある。
どちらを選んでも、あとで後悔する可能性がある。
そう考えているうちに、時間だけが過ぎていく。
一方で、私たちはすべてを迷っているわけではない。
朝起きる。
服を着る。
歯を磨く。
いつもの道を通る。
いつもの言葉を返す。
多くの選択は、ほとんど自動的に行われている。
経験を積むほど、自動化される選択は増えていく。
それは効率でもあり、安定でもある。
だが同時に、気づかないうちに「選んでいるつもりのない人生」が積み上がっていくことでもある。
迷いすぎて動けないことと、
迷わなさすぎて自動で進むこと。
その二つは、正反対のようでいて、どちらも「今ここで選んでいる感覚」を薄めてしまうのかもしれない。
考えることは大切だ。
失敗から学ぶことも大切だ。
同じ失敗を繰り返さないよう、慎重になることも必要だ。
けれど、考え抜くことが、いつも生きることの代わりになるとは限らない。
選ばないこともまた、時間を使っているという意味では、一つの選択なのだろう。
だとすれば、自由意志とは、完璧な答えを見つける力ではなく、
不完全なままでも、どこかで一歩を選び取る力なのかもしれない。
A男は、無数の人生を考えた。
だが、実際に生きた人生は一つだけだった。
その一つをどう選ぶのか。
それを考えるための、小さな思考遊戯である。
失敗したくないからこそ、
何度も調べ、考え、選べなくなることがあります。
それでも、考え抜いた時間を責めずに、
完璧ではない今日の一歩を静かに引き受けるための歌です。
光るスマホと 増えていくメモ
同じ間違いは もうしたくない
何度も転んで 痛かったから
ただ慎重に 歩きたいだけ
調べるほど 増える分かれ道
どれも正しくて どれも怖い
絶対に傷つかない
完璧な地図を 探してる
正解を 探すうちに
今日も静かに 過ぎていく
「選ばない」に 時間を使う
頭の中では 何度も生きたのに
足元は まだ動いていない
完璧な答えを 待つよりも
「ここから」と 静かに決めて
不完全な一歩を 引き受けたい
頭の中だけで 否定してきた
いくつもの 始まらなかった未来
あんなに遠くまで 旅したのに
現実の私は この部屋のまま
考えるだけじゃ 進まない
臆病なままで 構わない
深く考え抜いた 私なら
今日の一歩を 抱えきれる
正解は 選んだあとにわかるもの
間違えたなら 選び直せばいい
責任を手放した 自由の中じゃ
自分が誰か 迷子になるから
自分で選んだ 道のりなら
遠回りさえ 自分の足跡になる
考え続けた夜を 責めないで
完璧な夜明けを 待たずに
不完全な一歩を そっと踏み出そう