遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
人は、明らかな嘘には警戒する。
けれど、事実の一部だけを並べられ、自分の欲望にぴったり合う形で差し出されたとき、それを嘘だと見抜くことは難しくなる。
騙す者と騙される者、その境界が少しずつ入れ替わっていく小さな思考遊戯。
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Aは、金持ちになりたかった。
ただ少し楽になりたい、という程度ではない。
人生を一気に変えたかった。
もうお金のことで悩まなくていい場所へ行きたかった。
だからAは、日々探していた。
何か良い方法はないか。
まだ誰も知らない抜け道はないか。
少ない努力で、大きな結果を出せる方法はないか。
もちろん、Aにも警戒心はあった。
世の中に、そんな都合のいい話が簡単にあるはずがない。
本当に儲かる話なら、人に教えるわけがない。
甘い言葉には裏がある。
そのくらいは、分かっているつもりだった。
そんなある日、Aはひとつの教材を見つけた。
「100%億万長者になる確実な方法」
あまりにも怪しい言葉だった。
Aは鼻で笑った。
「こんなもの、誰が信じるんだ」
そう思った。
だが、画面を閉じることはできなかった。
そこには、いくつもの「証拠」が並んでいた。
実際に大金を手にした人の体験談。
通帳らしき画像。
感謝の声。
長文の推薦文。
成功者の写真。
Aは、それらを見ながら思った。
「まさかとは思う。でも、ここまで証拠があるなら……」
疑いは残っていた。
けれど、それ以上に欲望が勝った。
今買わなければ、自分だけが取り残される気がした。
この機会を逃したら、一生今のままのような気がした。
Aは、教材を購入した。
届いた内容は、あまりにも簡単だった。
そこには、ただ一言だけ書かれていた。
「宝くじを買い続けること」
Aは、しばらく画面を見つめた。
意味が分からなかった。
何度読み返しても、それ以上の内容はない。
少し長い説明文はついていたが、要するにこういうことだった。
買い続ければ、当たる可能性はゼロではない。
当たれば億万長者になれる。
したがって、これは「億万長者になる方法」である。
Aはすぐに問い合わせた。
「これは詐欺ではありませんか?」
返事は、驚くほど落ち着いていた。
「嘘は書いておりません。当社のアドバイスに従い、購入を続けた方の中には、実際に高額当選された方もおられます」
Aは、弁護士にも相談した。
すると、弁護士は渋い顔で言った。
「購入者の数が多ければ、中には当たった人もいるでしょう。情報も送られていて、連絡も取れている。表現がかなり誇張されているとはいえ、返金を通すのは簡単ではないと思います」
Aは、椅子に沈み込んだ。
自分の愚かさに腹が立った。
相手に腹が立った。
そして何より、そんなものに飛びついた自分に腹が立った。
「なぜ、騙されたんだ」
Aは、それを考え続けた。
自分はそこまで単純ではないと思っていた。
むしろ、疑い深い方だと思っていた。
人よりは用心しているつもりだった。
それなのに、なぜ買ってしまったのか。
Aは、執念で調べた。
同じような教材。
同じような販売文。
同じような体験談。
同じような証拠。
やがてAは、その手の商売を生業にしている人物にたどり着いた。
相手は、意外なほど普通の男だった。
悪人らしい顔もしていない。
声も穏やかで、態度も落ち着いていた。
むしろ、どこか親切そうにすら見えた。
Aは、怒りを押し殺して言った。
「あなたたちは、人を騙している」
男は、少しも動揺しなかった。
「騙しているつもりはありません」
Aは言葉を失った。
男は続けた。
「確かに、人は嘘には敏感です。明らかな嘘は、直感で見抜かれます。だから、我々は嘘をつきません」
「嘘をついていない?」
「ええ。実際に当たった人はいます。実際に行動した人はいます。可能性がゼロではないことも事実です。私たちは、その事実を分かりやすく見せているだけです」
Aは、ぞっとした。
確かに、男は自分が嘘をついていると思っていない。
あるいは、そう思わないように自分を整えている。
それなら、見破りにくいのも当然だった。
男は、さらに穏やかな声で言った。
「それに、我々は救済をしているのです」
Aは思わず声を荒げた。
「人を騙しておいて、救済だって?」
男は首を横に振った。
「騙しているつもりはありません。むしろ、教育です」
「教育?」
「そうです。世の中には、楽に稼ぎたい人が多すぎる。努力せず、考えず、誰かが用意した魔法の方法に乗れば人生が変わると思っている。そういう人たちに、現実を教えているのです」
Aは、呆気にとられた。
「つまり、勉強代だと?」
男は微笑んだ。
「そう受け取っていただいて構いません」
その言い方は、あまりにも堂々としていた。
「あなたも、稼ぎたいという欲望で購入したのでしょう?
我々も、我々なりに頭を使い、知恵を絞って商品を作っている。
それが気に入らないなら、我々以上に考えればいい」
Aは反論しようとした。
だが、男は続けた。
「何もしないで楽に稼ごうなどという甘い考えには、現実を教えなければなりません。結局、稼いだ者が勝つのです」
Aは、拳を握った。
「そんな理屈が通るわけがない」
「通るかどうかではありません。現に通っているのです」
男は静かに笑った。
「我々も、ある程度の結果を出したら海外へ行く予定です。そのとき、多くの人は我々を詐欺師とは呼ばないでしょう。成功者と呼ぶ人もいるはずです」
Aは、「だとしても」と言いかけた。
しかし、その先の言葉が出てこなかった。
相手は間違っている。
それは分かっている。
けれど、A自身の中にも、同じものがあった。
少ない努力で大きな結果を得たい。
誰かより先に抜け出したい。
自分だけはうまくやりたい。
その欲望がなければ、あの教材を買うこともなかった。
男は、Aの沈黙を見て言った。
「分かったでしょう。詐欺とは、相手の中にないものを作ることではありません。相手の中にある欲望を、少しだけ見やすくしてあげることです」
Aは、その言葉を忘れられなかった。
家に帰ってからも、何度も考えた。
自分は被害者だ。
それは間違いない。
だが、同時に、自分は欲望に反応した。
証拠を見たのではなく、信じたいものを見た。
疑いながらも、期待した。
笑いながらも、購入ボタンを押した。
数日後、Aはパソコンを開いた。
そして、新しい文章を書き始めた。
「もう二度と騙されないための確実な方法」
Aは、手を止めた。
少し考えたあと、タイトルを書き直した。
「100%詐欺に強くなる方法」
内容は、すぐに決まった。
一度、痛い目を見ること。
そして、その痛みを勉強代として受け入れること。
Aは、販売ページを作りながら、自分に言い聞かせた。
「これは騙しじゃない。教育だ」
画面の中で、購入ボタンが静かに光っていた。
Aはようやく理解した。
詐欺の本当に怖いところは、騙された人間が、次は“教える側”に回れることだった。
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詐欺は、明らかな嘘だけで成り立っているわけではない。
むしろ厄介なのは、事実の一部を使って作られるものだ。
実際に成功した人がいる。
実際に商品は届いている。
実際に情報は提供されている。
実際に可能性はゼロではない。
その一つひとつだけを見れば、完全な嘘とは言い切れない場合がある。
たとえば、掃除機を買った人が、
「部屋がきれいになると聞いたのに、きれいにならなかった」
と訴えたとしても、すぐに詐欺だとは言いにくい。
掃除機そのものは届いている。
吸い込む機能もある。
説明どおりに使えば、たしかに部屋をきれいにする助けにはなる。
けれど、部屋が極端なゴミ屋敷だったのかもしれない。
使い方が間違っていたのかもしれない。
そもそも掃除機は、「勝手に部屋を片づけてくれる魔法の道具」ではない。
このように、価値を提供したかどうかの判断は、意外なほど難しい。
特に、無形の商品や情報、教材のようなものは、その境界がさらに曖昧になる。
何をもって価値があったと言えるのか。
結果が出なかった原因は販売者にあるのか、購入者にあるのか。
期待させすぎたのか、期待しすぎたのか。
その隙間に、誇大な言葉が入り込む。
もちろん、だからといって、騙す側の責任が軽くなるわけではない。
「勉強代だった」「教育だった」という言葉で、相手の損失や傷を軽く扱ってよいはずもない。
ただ一方で、どれだけ価値を込めて作られたものでも、受け取る側の真剣度や理解度によって、結果は大きく変わってしまう。
同じ内容を受け取っても、ただ読んで終わる人もいれば、何度も試し、応用し、自分なりに工夫して、元の価値以上のものに変えていく人もいる。
そこには、販売する側だけでは完結しない難しさがある。
買う側にもまた、分かれ道があるのだろう。
「買えば変わる」と思うのか。
「買ったあと、自分は何をするのか」と考えるのか。
本当に元を取る人は、購入した瞬間に得をするのではない。
買ったものを、自分の行動や工夫によって価値に変えていく。
何が何でも元を取るという主体的な姿勢は、結果的に、騙されにくさにもつながっていく。
なぜなら、丸ごと信じて丸ごと預ける人ほど、相手の言葉に人生を委ねてしまいやすいからだ。
反対に、自分で考え、試し、使い方を変え、失敗からも何かを拾おうとする人は、たとえ期待外れのものを掴んだとしても、そこで終わらない。
騙されないとは、何も信じないことではない。
信じる前に考え、買ったあとにも考え続けること。
そして、与えられた価値を待つだけでなく、自分で価値を取りにいくこと。
もしかすると、その姿勢こそが、もっとも現実的な防御なのかもしれない。