遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
Aは、ある計画を立てた。
それは、自分の命を使ってでも、世の中に何かを残すための計画だった。
だが、人は行為に込められた意図を、そのまま受け取ってくれるとは限らない。
意図をめぐる小さな思考遊戯。
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Aは、かつて穏やかな人間だった。
声を荒げることもほとんどなく、争いごとを好まなかった。
人間はもちろん、部屋に入り込んだ蚊でさえ、できれば外へ逃がそうとするような性格だった。
そんなAの人生が変わったのは、二年前だった。
妻が、不慮の事故で亡くなった。
Aにとって、妻は生活の中心だった。
朝起きる理由であり、家に帰る理由であり、何気ない一日を「悪くない」と思わせてくれる存在だった。
その人が、突然いなくなった。
それからのAは、何をしても心が動かなくなった。
食事をしても味がしない。
仕事をしても、意味を感じない。
誰かに励まされても、その言葉は遠くの雑音のようにしか聞こえなかった。
やがてAは、こう思い詰めるようになった。
「残された道は、もう死ぬことしかない」
けれど、ただ死ぬだけでは、あまりにも空しいような気がした。
どうせ死ぬのなら、何かを成し遂げてから死にたい。
妻が生きていたことに、何か意味を残したい。
自分がこの世界から消える前に、何か一つだけでも、強く刻みつけたい。
そう考え続けたある日、Aは、妻が生前に話していたことを思い出した。
妻は子どもの頃、ひどいいじめを受けていたという。
何気ない会話の中で、妻は一度だけその話をしたことがあった。
もう昔のことだから、と笑っていた。
けれど、その笑い方は、どこか硬かった。
Aは、そのとき聞いた名前を覚えていた。
「あの人たちは、今も普通に生きているのだろうか」
そう思った瞬間、Aの中で、何かが形を変えた。
妻を苦しめた者たちは、もう忘れているかもしれない。
子どもの頃のことだと、軽く片づけているかもしれない。
自分たちのしたことなど、人生の端にある小さな出来事として、記憶から薄れているかもしれない。
だが、された側は忘れていなかった。
妻は笑っていた。
けれど、きっと忘れてはいなかった。
Aは思った。
「忘れていました、では済まされないことがある。
子どもの頃のことだからといって、大人になってから何も返ってこないとは限らない。
そういう恐怖を、世の中に残せば、誰かが誰かを傷つける前に踏みとどまるかもしれない」
それは、復讐だった。
同時に、Aにとっては抑止のための行動でもあった。
Aは、自分の意図を文章に残した。
妻が受けた傷のこと。
加害した側が忘れても、された側は忘れられないこと。
いじめを軽く見る社会への怒り。
そして、これから誰かを傷つけようとする人間への警告。
Aは、計画を練った。
捕まることは怖くなかった。
どうせ最後には、自分も命を終えるつもりだったからだ。
ただ、普通の事件として処理されてしまえば、数日で忘れられる。
それでは意味がない。
世の中に強く印象を残さなければ、誰も立ち止まらない。
そう考えたAは、事件そのものを、異様なものとして記憶される形にしようとした。
それが、Aの最後の誤算だった。
―――――
Aは目的を果たした。
妻を苦しめた相手に手を下し、自分の意図を記した文章を残した。
そしてその後、自らもこの世を去った。
Aは死後、幽霊のような存在となって、世の中の反応を見届けていた。
最初のうち、報道はAの期待に近い形で広がった。
「過去のいじめが原因か」
「加害者は忘れていても、被害者側には深い傷が残っていた」
「子どもの頃の行為は、どこまで責任を問われるべきなのか」
そうした言葉が、テレビやネットに並んだ。
Aは、わずかに報われたような気がした。
これで少しは、誰かが考えるかもしれない。
誰かを傷つける前に、立ち止まる人が出るかもしれない。
忘れて済むと思っていた者たちが、自分の過去を振り返るかもしれない。
だが、その流れは長く続かなかった。
人々の関心は、やがて別の方向へ移っていった。
Aが残した文章よりも、事件の異様さばかりが語られた。
妻の苦しみよりも、犯行の目立ち方ばかりが切り取られた。
いじめの問題よりも、「なぜそこまでしたのか」という刺激だけが消費されていった。
さらに悪いことに、Aの事件は、まったく別の人間たちに利用され始めた。
世の中に強いメッセージを残したい者。
自分の存在を知らしめたい者。
誰かに恐怖を与えることで、自分の意味を確認したい者。
そうした者たちが、Aの事件から学び取ったのは、妻への思いでも、いじめへの警告でもなかった。
彼らが受け取ったのは、ただ一つだった。
強い印象を残したければ、異様な形にすればいい。
その後、似たように世の中を騒がせる事件が、少しずつ増えていった。
それぞれに理由はあった。
怒りもあった。
不満もあった。
何かを訴えたいという言葉もあった。
しかし、被害者は増えた。
恐怖も増えた。
社会は、Aが願った方向とはまったく逆に進んでいった。
いじめは減らなかった。
人の痛みに敏感な世の中にもならなかった。
むしろ、人々はさらに怯えるようになった。
誰かの過去が、いつかどんな形で返ってくるか分からない。
誰かの怒りが、どこで爆発するか分からない。
そんな不安だけが、世の中に広がっていった。
Aは、その光景を見て呆然とした。
「違う。
俺は、こんなことを望んだんじゃない」
だが、もう遅かった。
Aの意図は、Aの手を離れた瞬間、別の形で読まれていた。
そして、別の目的を持つ者たちの道具になっていた。
妻のために残したはずのメッセージは、
妻の痛みとは無関係な事件を生む、ひとつの材料になってしまった。
Aは、地獄の底のような場所で、いつまでも悔やみ続けた。
「俺は、何のためにやったんだ」
その問いに答える者は、誰もいなかった。
ただ、Aが残した行為だけが、
Aの意図とは違う意味を持って、世界に残り続けていた。
―――――
何かをした人間には、たいてい意図がある。
怒りを伝えたかった。
悲しみを知ってほしかった。
誰かに反省してほしかった。
同じことが繰り返されないようにしたかった。
そうした意図そのものは、理解できる部分もあるのかもしれない。
特に、いじめや加害のようなものは、した側が忘れ、された側だけが覚えていることがある。
加害した側にとっては「昔のこと」「子どもの頃のこと」でも、された側にとっては、その後の人生に影を落とす傷になることがある。
だから、「忘れていたでは済まされない」という感覚は、決して軽く扱えない。
けれど、意図がどれほど切実でも、行為そのものが新しい被害を生むなら、そこには別の問題が生まれる。
復讐は、ときに「正しい怒り」の顔をして現れる。
だが、その怒りが誰かの命や生活を奪った瞬間、今度はその行為自体が、別の誰かにとっての加害になる。
さらに怖いのは、強い行為ほど、意図とは別の形で模倣されやすいことだ。
本人は「警告」のつもりだった。
しかし、別の誰かはそれを「手本」として受け取るかもしれない。
本人は「抑止」のつもりだった。
しかし、別の誰かはそこから「目立ち方」だけを学んでしまうかもしれない。
意図は、行為の意味を最後まで支配できない。
人は、見たいように見る。
使いたいように使う。
都合のいい部分だけを切り取り、自分の物語に組み込んでしまう。
だからこそ、何かを強く伝えたいときほど、問われるのかもしれない。
それは本当に、伝えるための行為なのか。
それとも、伝えるという名を借りて、別の痛みを増やしているだけなのか。
やった側は忘れやすい。
やられた側は忘れにくい。
その事実は、たしかに重い。
けれど、その重さを理由にして新しい加害を生んだとき、
最初に伝えたかった痛みさえ、別の騒音に飲み込まれてしまうことがある。
伝えるために誰かを傷つけた瞬間、
そのメッセージは、何を伝えてしまうのだろうか。
怒りのように見えた言葉の奥に、本当は分かってほしい痛みがあった。
すれ違いの中で失われた温度を、もう一度やわらかく届けようとする歌です。
冷めきった カップの底に 残る言葉
本当はただ 単純なこと
伏せた目に こらえきれない 涙跡
あの日の痛み 胸にうずくよ
分かってと 願う気持ちが あるだけよ
焦る言葉は 尖るばかりで
手を伸ばすほどにあなたは 遠ざかる
伝えたい 思いは怒りではないよ
あの日の痛み 消さないでいて
握る手は 白く震えていたんだよ
本当はただ分かってほしくて
分かってと少し大きな声出せば
強い言葉は風に流され
いつの間に私の手から離れゆく
大切な思いは誰かの話題へと
私の願い
違う意味へとこぼれゆく
私の思い離れてく
本当の痛みを見ずに
遠くでは
すれ違いがまた生まれる
悲しい連鎖
私は怖い
伝えたい
景色はこんなに冷たくない
痛みを痛みで返してみたとして
あの日の涙 報われないよ
もう一度 深くゆっくり息を吸い
柔らかな温度で思い伝えたい
少しずつ 夜が明けてゆく朝焼けに
もう一度 あなたのもとへ 会いに行こう
大切な あなたの痛み守りたい
この温度 そっとあなたの そばに置く