遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
神は、自らの存在を疑う男の前に現れた。
男は神を否定したわけではなく、ただ「証明してほしい」と願っただけだった。
信じることと確かめることの境界をめぐる小さな思考遊戯。
―――――
神は激怒していた。
空気が震え、地面がわずかに軋む。
部屋の中にいるはずなのに、A男の周囲だけが、どこか巨大な神殿の奥のように変わっていた。
目の前に立つ存在は、光とも影ともつかない姿をしていた。
人の形をしているようにも見えるし、そうでないようにも見える。
声だけは、はっきりと響いた。
「お前は、何様なのだ!」
A男は、椅子に座ったまま背筋を伸ばした。
確かに、A男は神について多くの疑問を口にした。
神がいるなら、なぜこの世には理不尽な苦しみがあるのか。
全知全能なら、なぜ最初から争いのない世界を作らなかったのか。
人間の理解を超えていると言いながら、なぜ人間に信仰を求めるのか。
その一つひとつを、A男は冷静に並べただけだった。
だが、それが神の怒りに触れたらしい。
A男は、恐る恐る答えた。
「何様と言われましても……ただの人間です」
神は、その言葉を聞くと、わずかに怒気を鎮めた。
「ほう。ただの人間か」
神の声は、今度は低く、諭すようだった。
「ならば、なぜ私の存在を認めようとしない。
私を批判し、否定するということは、お前は私より賢いとでも言うつもりか」
A男は慌てて首を振った。
「いえいえ、滅相もありません。
私はただ、疑問に思うと夜も眠れなくなる性分でして。
いくつか引っかかることを申し上げただけです」
神は、静かに言った。
「何も疑問に思う必要はない。
私は常に、深い考えのもとに物事を起こしている。
お前たちに理解できないことがあったとしても、それは仕方のないことだ」
A男は、少しだけ身を乗り出した。
「では、その深いお考えというものを、ぜひ聞かせていただけませんか」
神は即座に答えた。
「聞かせても意味はない」
「なぜです?」
「今のお前たちでは、到底理解できないからだ。
時期が来れば、分かるときが来る。
そのときになれば話してやろう」
A男は、なるほどという顔をした。
しかし、その目は納得していなかった。
「確かに、今の私では理解できないのかもしれません。
ですが、そのお話を聞くことで、理解への道が少し開けるかもしれません。
今は分からなくても、考える材料にはなるはずです」
神は、ほんの少しだけ笑ったようだった。
「お前は、実に面白い男だ」
「ありがとうございます」
「だが、私は言ったはずだ。
時期が来たら話す、と。
その言葉にも意味がある。
お前は、それに従えばよい」
A男は、そこで眉をひそめた。
「そこなのです」
「何がだ」
「それこそが、私の頭を悩ませているところなのです。
“意味がある”と言われても、その意味は説明されない。
“理解できない”と言われても、理解できない理由も確かめられない。
それでは、どんな矛盾も全部片づいてしまいます」
神の気配が、再びわずかに重くなった。
「お前は、まだ疑うのか」
A男は静かに答えた。
「疑っているというより、確かめたいのです」
「私を?」
「はい。
存在するとおっしゃるなら、その証拠を見せていただけませんか」
部屋の空気が、ぴんと張りつめた。
神はしばらく黙っていた。
やがて、呆れたように言った。
「証拠だと?」
「はい」
「神である私に、証拠を求めるのか」
「存在を認めよとおっしゃるのであれば、必要ではないかと」
神は、今度は怒るのではなく、静かに問いかけた。
「お前の名前は何といったかな。
A男ではなく、本名を聞かせてみよ」
A男は、わずかに表情を変えた。
そして、ゆっくりと答えた。
「はい。
私の名前は、殺人課のコロンボという者です」
神は、しばらくA男を見つめていた。
やがて、低く笑った。
「ほう。なるほど」
A男は、いつものように少しだけ首を傾けた。
神は言った。
「であるなら、証拠を用意するのは、私ではなく、お前の役目ではないか」
A男は、困ったように笑った。
「いやあ、まいりましたね。
実は、もうひとつだけ気になっていることがありまして」
神の表情は見えない。
だが、その場の光が、わずかに揺れた。
「あなたが本当に神なら、
私が証拠を探していることくらい、最初からご存じだったはずですよね?」
神は答えなかった。
部屋には、静かな沈黙だけが残った。
その沈黙が、神の深い考えによるものなのか。
それとも、ただ答えに詰まっただけなのか。
A男には、まだ判断できなかった。
だから彼は、ポケットから小さなメモ帳を取り出し、静かに書きつけた。
証明されないものを信じることと、証明できないものを利用することは、同じではない。
そして顔を上げ、いつもの調子で言った。
「失礼。
最後に、もうひとつだけ」
―――――
証明できないものに、意味を与えることはできる。
人は、見えないものに意味を与えて生きている。
偶然に意味を見出し、苦しみに理由を探し、理不尽な出来事に物語を重ねる。
そうしなければ、受け止めきれない現実もある。
その意味で、意味づけそのものが悪いわけではない。
ただし、意味づけは、ときに何でも説明できてしまう。
苦しみには意味がある。
悪にも意味がある。
理解できないことにも意味がある。
今は分からなくても、いつか分かる。
人間には理解できないだけだ。
そう言ってしまえば、どんな矛盾も、どんな不合理も、いったん片づけることができる。
けれど、それは本当に説明なのだろうか。
それとも、説明できないものに「深い意味」という札を貼っただけなのだろうか。
知性を超えたものがある、と考えることはできる。
人間の理解には限界がある、というのも自然な考えだ。
しかし、そこで問題になるのは、
「理解できないもの」を、誰が、何のために語っているのか
という点である。
本当に理解を超えたものなのか。
ただ説明できないだけなのか。
説明できないことを利用して、相手を黙らせているだけなのか。
その境界は、思っている以上に曖昧だ。
神のような全知全能の存在でさえ、問いの前に立たされる。
なぜなら、人間は「信じること」だけでなく、「確かめること」も求める生き物だからだ。
もちろん、すべてを証明しなければ生きられないわけではない。
信頼も、愛情も、希望も、完全な証明なしに成り立つことがある。
それでも、証明できないものを根拠にして、誰かを従わせようとした瞬間、話は変わる。
信じる自由があるなら、疑う自由もある。
祈る自由があるなら、問い直す自由もある。
全知全能の神でさえ、非難の対象になりうるのだとすれば、
おそらく、この世界に「絶対に批判されないもの」は存在しないのだろう。
だとすれば、大切なのは、批判をなくすことではない。
批判の前で、何を証明できるのか。
証明できないものを、どこまで信じるのか。
そして、証明できないことを理由に、誰かの問いを封じていないか。
その一点を、静かに見つめ直すことなのかもしれない。
神に証拠を求める男は、信仰を壊したかったのではない。
ただ、確かめずに従うことの怖さを、見逃せなかっただけなのかもしれない。
信じたいからこそ、すぐには頷けないことがあります。
言葉の奥に、確かな温度を持った一人の人がいるのか。
疑うためではなく、大切に信じるために、
そっと確かめようとする歌です。
夜の静かな部屋
光るスマホの画面
並んだ強い言葉を
指先でなぞる
誰かの名前で
語られる話に
本当はうなずきたいのに
少しだけ立ち止まる
疑いたいわけじゃない
ただ、こわいだけ
分からないままに
分かったフリをして
大事なことを
見落としてしまうのが
信じたいからこそ
確かめたいんだ
言葉の奥にいる
あなたのことを
確かなものが欲しいのは
壊したいからじゃない
その向こう側にある
温かい温度に
触れていたいから
数字や肩書きだけで
並べられた星の数で
分かった気になってしまう
そんな弱さが私にもある
便利なラベルを貼れば
簡単かもしれない
でもそれでこぼれ落ちる
声があることも知ってる
私が私を
決めつけられたくないように
私もあなたを
枠にはめたくないんだ
自分の言葉を
消費されたくないから
あなたの言葉も
軽くは扱えないよ
信じたいからこそ
見つめていたいんだ
ラベルの奥にいる
一人の人間を
信じることも
立ち止まり疑うことも
人を人として
大切にするため
見えない温度を
自分の目と心で
確かめながら
歩いていくよ
私も、あなたも
見えない温度を持った
一人の人間だから