遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
平等という言葉は、たいてい善意の側に置かれる。
けれどそれが、「誰一人として取り残さない」ではなく、「誰一人として外に残さない」という意味で実現されるとしたら、何が残るのだろう。
平等をめぐる小さな思考遊戯。
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A博士は、ついに「完全なる平等」を実現できる装置を完成させた。
それは、バーチャルリアリティと呼ぶには、あまりにも徹底した仕組みだった。
人間は身体ごと入る必要がない。脳だけで生存できる。しかも本人には、その自覚すらない。
目を開ければ、そこには現実がある。
風の感触も、食事の味も、人のぬくもりも、孤独も、歓喜も、喪失も、すべて現実と区別がつかない。
違うのは、その現実が「外」にあるのではなく、それぞれの脳内に閉じているという点だけだった。
他者と会話し、笑い合い、支え合っている感覚も得られる。
だが実際には、誰とも繋がっていない。
繋がっているという感覚だけが、精密に再現されている。
A博士は、その仕組みに強い美しさを感じていた。
現実の世界では、生まれによって差が生じる。
身体能力、容姿、知性、家柄、国、運。
望んでいない格差を背負わされる者がいて、努力とは無関係に奪われる者がいる。
だがこの装置の中では、その不平等をほとんど消せる。
誰もが等しく、自分の想像できる分だけ世界を持てる。
豪邸を思い描ける者には豪邸が現れ、静かな森を望む者には森が広がる。
必要なら、苦しみさえ与えることができる。快楽だけでは、世界として不自然になるからだ。
A博士は思った。
「それでこそ、平等だ」
飢えもなく、戦争もなく、比較もない。
誰かが他人より多く持つこともなければ、誰かが他人の不足を見せつけられることもない。
奪い合いの起点そのものを消してしまえば、争いは減るはずだった。
だが、問題が一つ残っていた。
――誰から、その世界へ移すのか。
希望者から順番に受け入れる方法は、すぐに却下された。
それでは「早く入れた者」と「まだ外に残される者」が生まれてしまう。
しかも、脳だけで生きるという形式には、必ず強い拒否反応が起きるだろう。
人道的ではない。命を弄んでいる。神を気取っている。
どれも、予想できる非難だった。
しかしA博士には、その非難自体が、古い世界の価値観に見えた。
身体を持って苦しみ続けることが、本当に人道的なのか。
不平等を放置したまま、「本人の意思を尊重した」と言えば、それで責任を果たしたことになるのか。
拒否する自由があるせいで、苦しみの中に取り残される人間が出るのだとしたら、その自由は本当に善なのか。
A博士は、長いあいだ考えた末、結論にたどり着いた。
「平等を目指すのなら、一斉に行うしかない」
すでに世界は、自動化によって大きく変わっていた。
人間が表で働かなくても、食料もエネルギーも循環する仕組みは整っている。
身体を維持し、脳を生かし続けるための環境も、技術的には十分に可能だった。
残るのは、移行の瞬間だけだった。
誰にも恐怖を与えず、誰にも選ばせず、誰にも反対させない方法。
それが最も穏やかで、最も平等だと、A博士は考えた。
眠りについたあと、次に目を開けたときには、もう新しい現実の中にいる。
痛みもなく、別れの実感もなく、抗議の時間もない。
昨日までの世界を失ったことにさえ、気づかないまま。
A博士は、その発想に静かな満足を覚えた。
「これなら、誰も傷つかない」
「誰も選ばなかったことで、誰も取り残されない」
机の上には、最終確認用の画面が並んでいた。
世界地図は穏やかな光で塗られ、人口統計は淡々と脈打っている。
その向こう側には、何も知らずに眠ろうとしている無数の人間がいた。
家族の隣で。
恋人の声を聞きながら。
借金の不安を抱えたまま。
明日の仕事を思い浮かべながら。
あるいは、小さな希望を胸にしたまま。
彼らは、次に目を開けたとき、もう不平等のある世界には戻らない。
A博士は、ゆっくりと装置に手を置いた。
平等のために、誰の同意も要らない地点まで来てしまったことを、正しいとも間違いとも、もう呼べなくなっていた。
それでも彼は、最後にこう呟いた。
「ようやく、全員が同じ場所に立てる」
その夜、世界は静かに眠りについた。
――そして、誰も気づかないまま、現実は一つ減った。
―――――
平等は、美しい言葉である。
だからこそ、その言葉の中に何が削られているのかは、見えにくい。
この話で博士が目指したのは、貧しさや差別や偶然の不運に左右されない世界である。
その願い自体は、決して醜いものではない。むしろ、多くの人が一度は望む方向だろう。
ただ、平等を徹底しようとすると、ときに「違い」だけでなく「拒否する権利」まで邪魔になる。
そこから先は、不平等をなくすというより、選べる余地をなくすことで揃える行為に近づいていく。
もちろん、だからといって現実の不平等を放置してよいわけでもない。
自由を守るために格差を見過ごすのも、また別の残酷さである。
問題は、どちらがより正しいかではなく、
誰かを救うはずの仕組みが、いつ「本人の不在」を前提に動き始めるのかという点にあるのかもしれない。
もし苦しみの少ない世界を、本人が気づかないまま与えられるなら。
しかも、その中で本人が幸福を感じ続けるなら。
それは救いなのか、それとも、ただ抵抗の機会を失っただけなのか。
平等は、どこまでいっても「同じにすること」ではないはずだ。
では、違いを残したまま、誰も置き去りにしない道は本当にあるのだろうか。
美しい歪み
楽曲タイトル:美しい歪み
テーマ:平等の天秤と思考の迷宮
(Verse 1)
水平線の揺らぎを、定規で測るような朝。
重さの違う靴で、同じ距離を歩かせても、
影の長さは変わらない、なんて誰が言えるだろう。
デジタルの光が、心拍数を揃えようとする。
(Chorus)
平等という名の天秤、真ん中には誰もいない。
個性という名の重りが、静かに傾きを語る。
完璧に平らな世界は、きっと息苦しいから。
グレーな空を見上げて、僕らは不揃いに笑う。
(不揃いに笑う)
(Verse 2)
背の高さに合わせた、画一的な階段を。
一番上の景色は、誰にとっても同じじゃない。
不公平な風が吹く、それが自然だと知る頃に、
均された道よりも、迷路を愛せる強さが欲しい。
(迷路を愛せる強さ)
(Chorus)
平等という名の天秤、真ん中には誰もいない。
個性という名の重りが、静かに傾きを語る。
完璧に平らな世界は、きっと息苦しいから。
グレーな空を見上げて、僕らは不揃いに笑う。
(僕らは不揃いに笑う)
(Bridge / Outro)
傾いたままでいい。
それが僕らの、美しい歪みだから。
(Hmmmm...)
おやすみ、不完全な天秤。