遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
独自であろうとした教えが、やがて誰かの真似になっていく。
多様であることを目指したはずなのに、気づけば同じ形ばかりが増えていく。
独自性をめぐる小さな思考遊戯。
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Aは、思いきって宗教を立ち上げることにした。
ただし、Aには一つだけ強いこだわりがあった。
他の宗教を否定し、自分たちだけが正しいと主張するような、狭い殻に閉じこもった教えにはしたくなかったのだ。
Aは思った。
「本当に優れた教えなら、他の宗教の中にもあるはずだ。
それを拒絶するのではなく、尊重し、学び、取り入れていくべきではないか」
そこでAは、自分の宗教の教義に、さまざまな宗教の優れた考え方を取り入れていった。
ある宗教からは、慈悲の心を。
ある宗教からは、祈りの姿勢を。
ある宗教からは、自然への畏敬を。
ある宗教からは、共同体を支える規律を。
もちろん、そのまま丸ごと真似るのではない。
Aなりに解釈し直し、現代の人々にも受け入れやすい形へと整えていった。
その教えは、時代に合っていた。
「他の宗教を否定しないところがいい」
「いろいろな良いところを取り入れていて、偏りがない」
「これこそ新しい時代の教えだ」
そう言われ、信者はうなぎ登りに増えていった。
Aの宗教は、あっという間に注目を集めた。
Aは満足していた。
「やはり、閉じた教えではなく、開かれた教えこそが求められていたのだ」
ところが、しばらくすると、奇妙なことが起こり始めた。
Aと同じように、さまざまな宗教の教えを取り入れた新興宗教団体が、次々と現れたのだ。
それらの団体もまた、こう主張した。
「私たちは、特定の教えに縛られません」
「古今東西の叡智を統合した、新しい教えです」
「他を否定せず、すべてから学ぶことこそ、私たちの独自性です」
Aは、その様子を見て顔をしかめた。
「実にけしからん」
Aは、自分の教団の幹部たちに言った。
「独自の教えが素晴らしいからこそ、他の教えを取り入れているのだ。
それをどこもかしこも真似し始めたら、独自性がなくなってしまうではないか」
幹部たちは、静かにうなずいた。
Aはさらに続けた。
「このままでは、世の中が似たような教えであふれてしまう。
私たちの宗教が、その他大勢と同じに見られてしまう」
そこまで言って、Aはふと黙り込んだ。
そして、ようやく気づいた。
「……いや、待て。
私の起こした宗教が、まさにそれだったのではないか」
Aは、他の宗教を否定しないために、他の宗教から取り入れた。
独自性を出すために、さまざまなものを混ぜ合わせた。
けれど、その方法自体が広まった瞬間、独自性は消えていった。
Aは急いで方向転換をすることにした。
これ以上、似たような宗教が増えないよう、他の新興宗教団体を批判し始めたのだ。
「あれは寄せ集めにすぎない」
「本当の統合とは、もっと深いものだ」
「ただ取り入れればよいというものではない」
だが、すでに時は遅かった。
世の中には、似たような宗教があふれかえっていた。
しかも、それは宗教だけではなかった。
似たような考え方をする人々も、次々と増えていった。
誰もが、何かを少しずつ取り入れ、組み合わせ、自分なりの言葉で語っていた。
そして皆、口をそろえてこう言った。
「我こそは、独自性のある考え方なり」
その言葉だけが、どこへ行っても同じように響いていた。
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あとがき
オリジナリティとは、いったい何を指すのだろうか。
まったく誰の影響も受けていない考えなど、存在するのだろうか。
人は、言葉を覚える時点で、すでに誰かの影響を受けている。
考え方も、価値観も、信じるものも、多くの場合は、過去に出会った何かの組み合わせでできている。
その意味では、さまざまなものから学び、取り入れ、自分なりに組み替えることは、決して悪いことではない。
むしろ、人間の文化はその繰り返しによって育ってきたとも言える。
けれど、そこに一つのねじれがある。
「多様性は素晴らしい」
「独自性は価値がある」
「いろいろなものから学ぶべきだ」
そうした考え方が広く共有された瞬間、今度は皆が同じように「多様であろう」とし、同じように「独自であろう」とする。
その結果、独自性を求める姿勢そのものが、ひとつの型になってしまう。
多様性を価値あるものとして掲げれば掲げるほど、
「多様性を大切にする」という同じ形が増えていく。
独自性を求める人が増えれば増えるほど、
「独自性を求める」という同じ方向へ人が集まっていく。
これは、宗教や文化だけの話ではないのかもしれない。
個人の考え方にも、表現にも、生き方にも当てはまる。
「人と違う自分でありたい」と願う人が増えれば、やがて「人と違いたい人たち」という大きな集団ができてしまう。
では、本当の独自性とは何なのだろうか。
誰からも学ばないことなのか。
何にも似ていないことなのか。
それとも、似ているものを抱えたまま、それでも自分の手触りで選び直すことなのか。
「自分だけの考え」だと思っているものの中に、どれだけ他人の声が混ざっているのだろう。
その混ざり方まで含めて自分だと言えるなら、独自性は、完全な孤立ではなく、受け取ったものとの付き合い方の中にあるのかもしれない。
人と違う自分を探すほど、いつの間にか誰かの色に染まっていく。
それでも、迷いながら選んできた日々は、確かに自分だけの形を作っていく。
「私らしさ」の揺らぎと希望を描いた歌です。
タイトル:私の形
みんなと同じ 服を避けて
選んだシャツは 流行りの色
「自分らしく」と つぶやきながら
鏡の奥の 目を気にしてる
四角い画面 飾る言葉
私だけだと 見せてるのに
みんなが同じ 魔法をかけて
似たような顔 並んでいる
違う私に なりたいほどに
いつの間にか 馴染んでしまう
誰かの真似じゃ ないはずなのに
気づけば同じ 歌を歌う
迷子のような 私の輪郭
好きだと思う このメロディも
誰かが弾いた 音のかけら
私が選ぶ この生き方も
誰かの歩幅 借りているの
混ざり合っては 溶けていく色
本当の私 どこにあるの
「人と違う」と 叫ぶ声さえ
重なり合って ひとつになる
違う私に なりたいほどに
いつの間にか 馴染んでしまう
誰かの声に 染まりながらも
それでも必死に 息をしてる
見えない糸に 揺れる輪郭
まっさらな地図 どこにもない
私が迷い 立ち止まった
その時間だけ 嘘じゃない
借りてきた 言葉でも
私だけの 涙が沁みてる
違う私を 探すのやめて
今の私を 抱きしめよう
誰かの色を 混ぜ合わせても
私の筆で 描いた軌跡
不器用なまま 選んだ今日が
重なり合って 続いていく
それが私を 作っていくの
誰とも違う 私の形
静かに残る 私の形
名付けない色 光る明日へ