遠回りにも、意味はあるのかもしれない。失敗や気づきを、物語・歌・動画にしています。
人は、自分の中に流れているものを、自分のものだと思っている。
血液も、考え方も、性格も、好き嫌いも。
けれど、それらが思っているほど長く残らないものだとしたら。
そして、自分を保つために、常に誰かから何かを受け取っているのだとしたら。
短期で入れ替わる自己をめぐる――裏思考遊戯。
―――――
A子は、深く考えることがあまり得意ではなかった。
悪い意味ではない。
むしろ、周囲からは明るい人だと思われていた。
悩みごとがあっても、寝ればだいたい忘れる。
難しい話をされても、「まあ、なんとかなるよ」と笑う。
誰かが深刻な顔をしていても、A子がいると少し場が軽くなる。
自分でも、その気楽さを嫌ってはいなかった。
人生は、あまり考えすぎない方がいい。
そう思っていた。
朝起きて、仕事へ行き、帰りに安い惣菜を買い、夜は動画を見ながら食事をする。
休日には、特に目的もなく町を歩く。
気に入った雑貨を買い、カフェで甘い飲み物を飲む。
大きな目標はない。
強い不満もない。
A子は、自分の平凡な生活を、それなりに気に入っていた。
変化が起きたのは、ある日の朝だった。
A子は、起き上がろうとした瞬間、強いめまいに襲われた。
部屋が傾く。
床が遠くなる。
胸の奥が妙に冷たい。
しばらく座り込んでいれば治ると思った。
だが、めまいは引かなかった。
手足に力が入らず、息も少し浅い。
A子は不安になり、近くの病院へ向かった。
検査は長引いた。
血液検査。
画像検査。
問診。
さらに詳しい検査。
医師の表情は、途中から少しずつ変わっていった。
そして数日後、A子は診察室へ呼ばれた。
医師は、慎重に言葉を選びながら言った。
「A子さん。あなたの血液には、非常に珍しい性質があります」
A子は首をかしげた。
「血液型が珍しいということですか」
「それもありますが、問題はそこではありません」
医師は、検査結果の用紙を机に置いた。
「あなたの血液は、通常よりも極端に短い期間で機能を失います」
A子は、すぐには意味が分からなかった。
「短い期間?」
「はい。身体の中で血液が長く保てない。いわば、短期の血液です」
医師は続けた。
「あなたの身体は、血液を十分に再生できていません。今のままでは、定期的な補給が必要になります」
「補給って……輸血ですか」
「そうです」
A子は、診察室の椅子に座ったまま、ぼんやりと医師の口元を見ていた。
血液が短期。
そんな言葉は聞いたことがなかった。
医師は説明を続けた。
「ただし、これは単なる貧血とは違います。あなたの場合、自分の血液だけで身体を維持しようとすると、数週間単位で急激に状態が悪化します」
「つまり、私は他人の血液がないと生きられないということですか」
医師は、少し間を置いてからうなずいた。
「現時点では、そう考えた方がよいです」
A子は思った。
面倒な体になったな。
最初に浮かんだのは、それくらいの感想だった。
怖さがないわけではない。
だが、A子は元々、深く考え込むタイプではない。
医師が必要だと言うなら、必要なのだろう。
輸血で元気になるなら、それでいい。
A子は、定期的な輸血を受け入れることにした。
最初の輸血は、あっけなく終わった。
点滴のように管がつながれ、赤い液体が少しずつ身体へ入ってくる。
怖いといえば怖い。
けれど、しばらくすると身体が温かくなった。
重かった頭が軽くなり、息がしやすくなる。
帰る頃には、朝よりずっと楽になっていた。
A子は思った。
医学ってすごいな。
それだけだった。
数日後、A子はいつもの生活に戻った。
仕事もできる。
買い物もできる。
食事も普通においしい。
ただ、一つだけ小さな変化があった。
A子は、帰り道の本屋で立ち止まった。
普段なら、雑誌や漫画の棚を見るくらいだった。
しかしその日、なぜか哲学書の棚に目が留まった。
「人間とは何か」
そんなタイトルの本を手に取った。
A子は、自分で少し笑った。
「私、こんなの読むタイプだったっけ」
それでも、なぜか棚に戻せなかった。
結局、その本を買って帰った。
夜、A子はその本を読んだ。
難しい言葉が多かった。
分からない部分も多い。
それでも、途中で投げ出す気にならなかった。
「私は私である、と感じる根拠はどこにあるのか」
その一文が、妙に胸に残った。
以前のA子なら、そんな問いを見ても笑って終わっただろう。
そんなこと考えても仕方ない。
そう思ったはずだった。
だが、その夜のA子は違った。
布団に入ったあとも、考え続けていた。
私は、なぜ私なのだろう。
身体が私だからか。
記憶があるからか。
性格が同じだからか。
では、その性格が変わったら、私は別人になるのか。
A子は、なかなか眠れなかった。
次の輸血までの数週間、A子の中には小さな変化が続いた。
考える時間が増えた。
仕事の帰りに、空を見上げて立ち止まることが増えた。
何気ない会話の裏にある感情を気にするようになった。
ニュースを見ても、ただ流すのではなく、その背景を考えるようになった。
同僚は言った。
「A子さん、最近ちょっと変わった?」
A子は笑った。
「そうかな」
「前はもっと、何でも軽く流してた気がする」
「それ、褒めてる?」
「うーん。いい意味で、深くなった感じ」
深くなった。
その言葉を、A子は不思議な気持ちで受け取った。
悪くないと思った。
今までの自分が浅かったと言われているようで、少しだけ引っかかった。
それでも、新しい自分を少し誇らしくも感じた。
二度目の輸血を受けたあと、A子はさらに変わった。
今度は、音楽への興味が強くなった。
それまで音楽は、なんとなく流すものだった。
だが、ある日、駅前で聞こえてきたバイオリンの音に足が止まった。
音が、胸の奥へ入ってくる。
どうしてこんな音が出るのだろう。
どうして同じ旋律なのに、こんなに悲しく聞こえるのだろう。
A子は、その場から動けなくなった。
気づくと、路上演奏が終わるまで立ち尽くしていた。
その夜、彼女はクラシック音楽を検索し、いくつもの曲を聴いた。
涙が出た。
自分でも驚いた。
私は、こんなふうに音楽で泣く人間だっただろうか。
三度目の輸血のあとには、料理に強い関心を持つようになった。
四度目のあとには、昔の映画を好むようになった。
五度目のあとには、政治や社会制度について調べるようになった。
A子は、少しずつ豊かになっていくような気がした。
以前の自分より、世界が広い。
考えることも増えた。
感じることも増えた。
会話の幅も広がった。
周囲の人も言った。
「A子さん、最近すごく魅力的になったね」
「いろんな話ができるようになった」
「前より、人の気持ちをよく分かってくれる気がする」
A子は嬉しかった。
輸血は、命をつなぐだけではないのかもしれない。
自分の中に、誰かの豊かさが少しずつ流れ込んでいる。
そう考えると、不安よりも感謝が勝った。
ある日、A子はふと気になって、輸血の記録を見返した。
もちろん、提供者の個人情報は知らされない。
だが、医療機関には、適合性や安全管理のための匿名データが残されていた。
A子は医師に相談した。
「私、輸血のあとに性格や興味が変わっている気がするんです」
医師は、少し困った顔をした。
「医学的には、輸血で性格が変わるとは通常考えません」
「でも、明らかに変わっているんです」
「体調が良くなったことで、気持ちの余裕が生まれた可能性はあります」
A子は納得できなかった。
「それだけではない気がします」
医師は、しばらく黙った。
そして、非常に珍しい例として、A子の血液性質に関する研究の話をした。
短期の血液を持つ人は、ごくまれに他人の血液に含まれる微細な情報に影響を受けることがある。
それは記憶そのものではない。
考え方の傾向。
感情の反応。
好みの方向。
不安の出方。
喜びやすいもの。
そうした、ごく薄い「癖」のようなものが、一時的に混ざることがあるという。
A子は言った。
「では、私が哲学書を読むようになったのも、音楽で泣くようになったのも……」
医師は慎重に答えた。
「断定はできません。ただ、可能性はあります」
A子は、その日から輸血記録に強い関心を持つようになった。
匿名化された提供者情報を、許される範囲で調べた。
一度目の提供者は、哲学を専門に学んでいた人物だった。
二度目の提供者は、音楽家だった。
三度目の提供者は、料理人だった。
四度目は、映画館で長年働いていた人。
五度目は、市民活動に関わっていた人。
A子は、背筋が冷たくなった。
自分の変化は偶然ではなかった。
誰かの血が、誰かの思考の癖が、誰かの感情の残響が、自分の中に少しずつ混ざっていた。
A子は鏡を見た。
顔は変わっていない。
声も、身体も、名前も変わっていない。
だが、自分の中には、もう以前のA子だけがいるわけではなかった。
A子は不安になった。
私は今、誰なのだろう。
生きるためには、輸血が必要だ。
けれど、輸血を受けるたびに、自分が変わっていく。
では、命を保つとは、自分を保つことなのか。
それとも、自分を少しずつ手放しながら生き続けることなのか。
A子は、その問いを誰かに話したくなった。
最初は友人に話した。
「私、輸血のたびに性格が変わってる気がするの」
友人は真剣に聞いてくれた。
「怖いね」
「うん。でも、悪いことばかりじゃないの。前より世界が広がった気もする」
「それなら、全部が悪いとは言えないね」
その言葉に、A子は少し救われた。
やがてA子は、自分の体験を小さな会で話すようになった。
病院の患者会。
地域の勉強会。
大学の倫理講座。
A子は、そこで語った。
「私は、自分の血だけでは生きられません。
他人の血を受け入れて、命をつないでいます。
そして、そのたびに少しずつ変わります」
聴衆は真剣に耳を傾けた。
A子は続けた。
「でも、考えてみれば、血液に限らないのかもしれません。
私たちは、誰かの言葉を受け入れて変わります。
誰かの価値観を取り入れて変わります。
本や音楽や出会いによって、少しずつ別の自分になります」
その話は、多くの人の心を動かした。
A子は、いつの間にか「他者とつながる自己」を語る人として知られるようになった。
インタビューも受けた。
記事にもなった。
「他人の血で生きる女性が語る、つながりの哲学」
A子は、その言葉に少し違和感を覚えながらも、否定はしなかった。
実際、自分の経験から出た言葉ではあった。
しかし、注目されるにつれて、周囲の反応は変わっていった。
ある人は言った。
「A子さんのように、私ももっと他人の良い部分を取り入れたいです」
別の人は言った。
「自分を変えたいので、影響を受けやすくなる方法はありませんか」
さらに、ある企業がA子に接触してきた。
「短期血液の特性を応用すれば、新しい自己変革医療が作れるかもしれません」
A子は耳を疑った。
「自己変革医療?」
「はい。適合する提供者の血液から、好ましい傾向を安全に抽出するのです。集中力、芸術性、穏やかさ、勇気、社交性。人は自分を選び直せる時代になります」
A子は言葉を失った。
自分が苦しんできた現象が、商品にされようとしている。
企業担当者は、明るい声で言った。
「A子さんは、その象徴になれます」
象徴。
その言葉を聞いたとき、A子の胸に重いものが落ちた。
自分は、自分の不安を語っていたはずだった。
命をつなぐために自分が変わってしまう怖さを、どう受け止めればいいのか考えていたはずだった。
それが、いつの間にか「他人の良い部分を取り入れて進化する話」になっている。
A子は、講演の依頼を断るようになった。
だが、彼女の言葉はすでに広がっていた。
「人は他者によって形作られる」
「純粋な自分など存在しない」
「変わることを恐れなくていい」
どれも、自分が言った言葉だった。
だが、それらが切り取られ、都合よく使われていくのを見ると、A子は苦しくなった。
ある日、A子は古い友人に会った。
友人は、A子を見て少し笑った。
「なんだか、また変わったね」
A子は言った。
「私、前の自分が分からなくなってきた」
友人は黙っていた。
A子は続けた。
「昔の私は、あまり深く考えなかった。適当で、気楽で、軽かった。でも、あれはあれで私だったのかもしれない。今の私は、いろんな人の影響で豊かになったのかもしれない。でも、誰かから借りたものばかりでできている気もする」
友人は静かに言った。
「借りたものでも、今のあなたの中にあるなら、それもあなたなんじゃない?」
A子は、その言葉を聞いてうなずきかけた。
だが、すぐに止まった。
「そう思いたい。でも、借りたものには期限があるの」
友人は目を見開いた。
A子は、自分の血液の性質を説明した。
短期の血液。
他人から受け取った影響は、永遠には残らない。
数週間から数か月で薄れていく。
だからA子の中では、考え方も興味も感情の癖も、少しずつ抜け落ちていく。
ある朝、突然、哲学書を読んでも何も感じなくなる。
ある日、音楽で泣けなくなる。
料理への関心も薄れ、映画への情熱も消える。
そしてまた次の輸血で、新しい誰かの傾向が入ってくる。
A子は言った。
「私の中にあるものは、全部、長く続かないのかもしれない」
友人は何も言えなかった。
その夜、A子は自分の部屋で昔の写真を見た。
笑っている自分。
何も考えていなさそうな顔。
軽くて、雑で、悩みも浅い。
以前なら、その自分を少し恥ずかしく思ったかもしれない。
今は違った。
あの自分は、もう戻らないのだろうか。
それとも、あの気楽さもまた、どこかの誰かから受け取った短期の血液のようなものだったのだろうか。
A子は、ふと気づいた。
自分の血液だけではない。
人の気分も、考え方も、好き嫌いも、案外短期なのかもしれない。
昨日まで信じていたことを、今日には疑っている。
昔は好きだったものを、今は何とも思わない。
誰かの一言で考えが変わる。
一冊の本で人生観が変わる。
一つの出会いで、自分の性格まで変わった気がする。
人はそれを成長と呼ぶ。
影響と呼ぶ。
経験と呼ぶ。
けれど、見方を変えれば、それはずっと輸血を受け続けているようなものではないか。
言葉の輸血。
価値観の輸血。
感情の輸血。
欲望の輸血。
自分の中に流れているものは、本当に自分だけで作られたものなのだろうか。
A子は、次の輸血の日を迎えた。
病室の白い天井。
管を通って流れ込んでくる赤い液体。
A子は、それをじっと見つめていた。
これがなければ生きられない。
だが、これを受け入れるたびに自分は変わる。
医師が言った。
「体調はいかがですか」
A子は少し考えてから答えた。
「生きています」
医師は微笑んだ。
「それは何よりです」
A子は、同じ言葉を心の中で繰り返した。
生きている。
それは確かだった。
では、その「生きている私」は誰なのか。
輸血を受ける前のA子か。
哲学を読むようになったA子か。
音楽で泣いたA子か。
料理に夢中になったA子か。
社会問題に怒ったA子か。
それとも、それらが抜け落ちたり混ざったりし続ける、この不安定な流れそのものか。
答えは出なかった。
輸血が終わる頃、A子は少しだけ眠くなった。
眠りに落ちる直前、彼女は思った。
もしかすると、自分とは固定された中身ではなく、何を受け入れ、何を流し、何を残そうとするかの途中経過なのかもしれない。
翌朝、A子は目を覚ました。
身体は軽かった。
窓から光が入っている。
カーテンが揺れている。
A子は、テーブルの上に置かれた哲学書を見た。
読みたいような気もする。
もう読みたくないような気もする。
どちらが本当の自分なのかは分からなかった。
けれどA子は、その本を手に取った。
読みたいからではない。
読みたくないからでもない。
今の自分が、何を感じるのかを確かめるためだった。
ページを開く。
そこには、以前線を引いた一文があった。
「自分とは、変わらないものではなく、変わり続けるものに名前をつけたものかもしれない」
A子は、その一文を見つめた。
胸に響いたのか、ただ理解しただけなのか、分からなかった。
それでも、A子はページを閉じなかった。
分からないまま読み続けること。
それが今の自分に残された、ひとつの血流のように思えた。
―――――
この話の裏側にあるのは、「自分とはどこまで自分なのか」という問いだ。
私たちは、自分の性格や考え方を、自分の中から自然に出てきたものだと思いやすい。
自分の好み。
自分の価値観。
自分の言葉。
自分の怒り。
自分の優しさ。
けれど、それらは本当に最初から自分だけのものだったのだろうか。
親の言葉。
友人の反応。
読んだ本。
見た映像。
苦しかった経験。
誰かに認められた記憶。
誰かに否定された記憶。
そうしたものが少しずつ混ざり、自分の考え方や感じ方を形作っている。
だとすれば、人はつねに、見えない輸血を受けながら生きているとも言える。
誰かの言葉を受け入れ、誰かの感情に触れ、誰かの価値観を取り込み、また少しずつそれを失っていく。
この話のA子にとって、血液は短期だった。
だが、もしかすると私たちの中にある多くのものも、思っているほど長期ではないのかもしれない。
昨日の怒りは、今日には薄れている。
昔の夢は、いつの間にか色あせている。
強く信じていた考えも、別の経験によって静かに形を変えていく。
それでも、人はそれを「自分」と呼ぶ。
自分とは、変わらない中身ではなく、変わり続けるものを引き受けている流れなのかもしれない。
ただし、ここには危うさもある。
他人の影響を受けることは、豊かさでもある。
一方で、何でも受け入れていけば、自分の輪郭は簡単に薄くなる。
誰かの言葉を借りすぎれば、自分の言葉が分からなくなる。
誰かの価値観を入れすぎれば、自分が何を大切にしていたのか見えなくなる。
流行や空気や周囲の期待を受け入れ続ければ、それを自分の意志だと思い込むこともある。
だから、他者から影響を受けること自体が悪いわけではない。
問題は、それを自分の中に入れたまま、確かめないことだ。
これは本当に自分の考えなのか。
それとも、誰かから受け取ったものなのか。
受け取ったとして、今も持っていたいものなのか。
もう流してよいものなのか。
そう問い直すことが、自分の輪郭を保つためには必要なのかもしれない。
この話が残している問いは、そこにある。
私たちは、自分の中を流れているものを、
どこまで「自分のもの」として信じているのだろうか。
そして、誰かから受け取ったものが抜け落ちたあとにも、
それでも残る何かを、自分と呼べるのだろうか。